“わたしの知ってるシラナイひと”




『もう仲直りしたらー?』


 そう言われても、喧嘩なんて最初からしてないのだ。だって自分は、彼のことを知らない。この前初めて会ったばかりなのに、どうして喧嘩が出来るのか。だからそう言われても困ったように笑うしか出来なかった。
 写真を見ると確かに傍には彼がいる。自分も彼も笑っていて、楽しげだ。でもそんな記憶は無い。彼と会ったのはクラブハウスでつい最近のことなのだから。副会長だなんて、知らない。ナナちゃんのお兄さんだという。でもそれならばもっと前から会ってるはずなのに、どうして。
 どうして自分は、彼を。ルルーシュを知らないのだろう。

 忘れられた王子様は、きっと悲しい。

 だからもし本当に自分と彼が仲が良かったのなら、彼も泣いているのだろうか。忘れられたことを悲しんでいるのだろうか。きっと、そうだ。悲しい。
 どうして自分は、彼のことだけを忘れてしまったんだろう。

「会長」
「ん? どうしたの、シャーリー」
「もっと、教えてください。ルルーシュくんのこと」
「……オッケー。映像つきで教えてあげるわよん」

 これは明らかに記憶喪失だ。しかも彼に関わることだけの。
 ならばもう一度探せばいい。零れ落ちたカケラを集めて繋ぎ合わせれば、きっと理由が解る。思い出せる。あの悲しい色を、紫色の悲しい瞳を消せるかもしれない。そのために。

 今の私に、出来ることを。

ひとつめの、カケラ。




























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“あなたが知ってるわたし”




「どう思ってたか?」
「そう。ルルーシュくん、わたしのことどう思ってた?」

 ちょっと直球すぎるかなと思わなくも無かったけれど、この際気にしないことにする。会長と話し合った結果、ルルーシュ以外のこともところどころ忘れていることが発覚したので、本格的に『記憶喪失』ということになった。抜けた箇所から見て、父が亡くなった時のショックだろう。会長が言うには、自分はこの少年が大好きでかなり熱烈な片思いをしていたらしい。そうなると、こんな質問は後で思い出したあと後悔するのかもしれないが、背に腹はかえられない。今は少しの情報でも欲しいのだから。

 突然かけられた質問に彼は驚いたように目を瞬かせていた。当然だろう。何せ自分を忘れた人間からわけの解らない質問をされたのだ。アプローチもかなりしていたということだし、彼も少しはこちらの気持ちに気付いていただろう。言いにくいとは思っていたが、どうしても彼からの『自分』を聞きたかったのだ。
 しかし彼は予想と違って書類に走らせていたペンを止めると、少し考えながらぽつりぽつりと言葉を紡いでいった。

「…………責任感があって、優しくて。心配ばかりかけてた気がする。会長によくからかわれていて、たまにからかうと楽しかった。いつも明るく笑っていて……それが俺には凄く眩しかった」

 不思議と照れくさくなったりはしなかった。彼の言葉は本当に昔を回想するような言葉で、自分にあてたものじゃなかった。顔は相変わらず無表情のままだったけれど、瞳に浮かぶのは優しい色で。何故か羨ましくなってしまった。元は自分の言われた言葉だというのに。

 何で、私は彼を忘れてしまったのだろうか。

ふたつめの、カケラ。

























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“みんなが知ってるわたしとあなた”



「シャーリーさん、お兄様のことお嫌いですか?」
「え?」

 問いかけられた言葉にどきっとした。
 それはまるで今の自分の気持ちを見透かされているようだったから。

「いきなりどうしたの、ナナちゃん」
「シャーリーさんがお兄様のことを忘れてしまったのは……シャーリーさんがお兄様を嫌いになってしまったからじゃないかって思ったんです。だから、もしかしたら今も嫌いなんじゃないかって……」
「うーん……嫌いじゃないよ。でも、忘れてるせいか、すっごく好きってわけじゃないけど」

 嘘だ。本当はたぶん嫌い。
 だって彼は『ゼロ』だ。父親をテロに巻き込んで死なせて、今もたくさんの人を殺しているテロリスト。そんな彼を好きになれるだろうか。答えはノーだ。今、目の前で紅茶を飲む彼女だって、兄がそんなことに手を染めていると知ったら嫌悪するだろう。
 でも、正直に言うことは出来なかった。彼がゼロだということを知っているのに、本当に確かめることは出来なかった。彼は、彼女の。妹の前ではとても優しい兄なのだ。その姿はゼロからは程遠く、むしろ慈愛の女神のようで。(彼は美人だから女神でも違和感は無い)シスコン、といってしまえばそれまでなのかもしれないが、そんな俗っぽい言葉は似合わないほど優しさと愛しさに溢れた態度で接する。どうしてもそんな彼とあのゼロとが結びつかないのだ。
 だから戸惑う。ゼロである彼と、ルルーシュである彼。どちらが本物の彼なのだろうか。

「嫌いっていうか、よく解らないんだと思う。ルルーシュくんがどんな人なのか、それがよく解らなくって。だから、」
「お兄様は」

 遮るように紡がれた言葉に、ナナリーを見た。少し顔を俯かせて、彼女は何か言いたそうに何度か口を開閉させる。もどかしさに悩むようなそんな彼女を困惑しつつ見ていると、小さな声が零れだした。

「お兄様は、とても優しくて。……でも、凄く不器用で。素直じゃなくって。哀しすぎるほど優しいひとです。そんなに優しくなくていいのに、どこまでも優しいから。だから、何度も傷ついて。でも、責任を放り出せる人じゃないから、無理をするんです。辛いのを、全部隠そうとしてしまうんです。私は、そんなお兄様がいつか消えてしまうんじゃないかって、凄く怖い。……お兄様は、シャーリーさんのこと好きだと思います。だって、優しかったから。シャーリーさんと話している時のお兄様は優しかったから。……前にシャーリーさんが好きだった時は、きっとそんなところに惹かれたんだと思います」

 ナナリーも知っていた。記憶を失う前のシャーリーが、ルルーシュを好きだったことを。
 記憶があったころの自分は、彼の何処を好きになったのだろう。あんなに苦しんで日記を書くほど、何処を。彼の何を好きになった? 悩むほどに。苦しむほどに。彼を切り捨てられないくらい、好きだった自分は。

 記憶が不自然に途切れている場所がある。
 ナリタ。
 彼と、初めて出会った場所。
 彼は、誰を無くしたと言っていた?

『大切な、』

 それは、誰の、こと。

みっつめの、カケラ。

























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“やさしい、ひと”



 思い返せば、何故あの時自分はナリタまで来ていたのだろう。
 荷物は大荷物で。まるで家出でもするかのような荷物だった。あの時は父が命を失った場所を見に来たのだと思っていたが、何でそんなことをしに行ったかが思い出せない。それに、つけていたはずの日記がない。あの破り捨てられた一ページ以外の日記がない。どういうことだろうか。同室のソフィーに聞いてみても知らないという。ならば自分が捨てた? それも考えられない。あとの可能性は、単純に何処に隠したかを忘れたか、落としたか――――第三者に持ち去られたか。
 この場合、ルルーシュに持ち去られたと考えるべきだろうか。今のところ日記を持ち去ることに意味を見出せるのは一人しかいない。自分が彼の正体――いや、ゼロの正体が彼だと知ってしまったこと。そのことに気がついて何らかの処置を自分にし、そしてシャーリーの持っていたルルーシュに関わるものを全て持ち去ったと考えたほうが自然だろう。
 けれども少しだけ気になることがある。何故彼は自分を殺さなかったのだろうか。
 単純に考えれば、あの時に自分を殺していれば良かったのに。恐らくシャーリーがナリタに一人で向かった時に。あの場に彼がいたということは彼は自分を追いかけてきたのだろう。星が天頂に光る宵の空の下。彼は言った。無くしたと。大切な友人を。その表情は無表情で淡々としつつも隠しきれぬ憂と寂しさに満ちていた。シャーリーは覚えている。そんな彼にどうか優しい言葉をあげたくて、言ったのだから。

『朝は来ますよ』

 何故その時に彼はシャーリーを排除しなかったのだろうか。あの時、周りは誰も居なく二人きりで。幾らでもチャンスはあったはずなのに。
 もし彼がゼロなら。掲げていた理念と違えシャーリーの父親を、弱者であったはずの一般市民を犠牲にしたゼロならば、彼はシャーリーも排除できただろうに。何故、彼はそうしなかったのだろうか。

「…………わかんないよ……」

 何で、どうして。
 彼が、ルルーシュが解らない。
 彼は自分を殺せた。そのチャンスはきっと幾らでもあった。それなのにどうして自分はこうして生きている。何も不足など無く、どうして。消えたのは、彼のことだけなんて、どうして。なんで。
 誰か、教えて。
 彼がどんな人なのかを。
 自分をどう思っていたのか――――。


「――――っ!」


 何かが頭の中で閃いた。

 大切な、友人。
 それは誰のことだ。
 彼があの時に失くした、失くしたというもの。
 皆が、無くなったのかと口々にシャーリーへ問うもの。
 それは。

 不可解だったものが一つの線へと繋がっていく。それが完全な答えでは無いけれど、限りなく真実に近いものであることをシャーリーは確信する。
 彼が失ったのは、自分が失ったもの。
 彼と自分の関係。
 確かに、もしルルーシュがナナリーの言うとおり優しいひとならば。もしそうだとしたら、ひとつのことに説明がつく。ゼロの正体を知り、それが彼であることに苦しんでいた自分。家出紛いのことをするほどに苦しんだ自分。それはシャーリーが今は失った感情ゆえに。

 彼は、シャーリーを確かにころしたのだ。
 シャーリーの中で育っていた恋心を、彼の記憶ごと奪い去ったのだろうから。
 彼の大切だった友人――シャーリーを対価にして。

 ゼロと彼への恋で苦しんでいたであろう自分。
 彼はシャーリーを殺せなかった。苦しんでいるシャーリーを、殺せなかった。
 だから、その苦しみを無に帰して。


 ああ、ナナリーは間違っていなかった。
 もしこの推測が当たっているのならば。

 彼は確かに、やさしいひとだった。

よっつめの、カケラ。