滑り込みで授業に駆け込んで。
 たまたま空いていた後ろの席に座って。
 たまたま筆記用具を忘れて。
 この授業に友人はいないから仕方がないと、たまたま隣に声をかけて。

「あの、すみません。シャープペンか何か貸してもらえますか?」
「いいですよ」
「ありがと、う……!! あああああああっっっ!!!」
「ほわぁっ!?」
「コラー、うるさいぞ後ろー。」
「すすすすすみません!!」
「……ああ、あの時の」
「ゼロの人!」
「…………」

 かけた人が 気 に な る 人だなんて!!





午前十一時の ロ マ ン ス






 目の前で冷ややかな表情を浮かべる青年にスザクはだらだらと冷や汗を流した。美人は怒ると怖いというけれど正しくその通りだ。まるで周囲の温度が十度くらい下がっているような気さえしてくる。むしろ気分的にはブリザードに放り込まれたような心地になってくる。
 恐縮しきった態度で無言の彼の視線を受けていると暫くしてはぁ、と小さなため息が漏れた。
 未だ怒っている様子ではあるものの、どうやら少しは落ち着いてくれたらしい。お詫びとして買ってきたコーヒーに口をつけると未だ名も知らぬ彼はスザクを睨めつけながら軽く頬杖をついた。

「何もあんな声あげなくたって……お陰で注目の的だったじゃないか」
「ご、ごめんなさい……」
「大体何であんなに驚いたんだ? 幾ら前にちょっと顔を見たからといって……」
「えっと……その、前に会った時から気になってて……」
「………………俺は人の恋愛や嗜好についてどうこう言う気はないが、そういうことはあまり直ぐにカミングアウトしないほうが……」
「違うから!! そういう意味じゃないから!! その、花なんていきなりあげて、酔ってたとはいえ変なヤツだと思われてるだろうから気になってて……!!」
「いや、花自体は結構貰ってるから特に気にしてないぞ」
「…………え?」
「まぁ、何時もは校門前だとか呼び出されたりとかして渡されるから、まさかバイト中にまで渡してくるやつがいるとは思わなかったけど」

 さらりと彼が言った言葉に、スザクはくらくらと眩暈がした。確かに見目麗しく男にしておくのはもったいないくらいの美人さんではあるが、そんなことに慣れているなんて何て不憫なんだろうか。(男でもイケル! と思うヤツがいるのは仕方ないだろうけれど)
 とりあえずスザクも喉が渇いていたので買ってきたウーロン茶に口をつけた。ごきゅごきゅとペットボトルの半分くらいまで飲みつくすと、向かい側に座る彼へと目をやる。彼は時計に目をやって時間を確認していたようだった。その様子に自分も時計を見やり、示されている時間に思わずやってしまったと眉を寄せて空笑いを浮かべる。
 時刻はもう、午後一時十五分前を指していた。さっさと昼食を食べなくては三限に間に合わない。もっともスザクは今日はもう二限で終わりなので急ぐ必要もないのだが、彼は三限があるのかもしれなかった。
 授業が終わって直ぐに謝罪をするためにカフェテリアへと引っ張ってきてしまったので、彼に予定があったのならば多大な迷惑をかけただろう。恐る恐るスザクは向かいへと声をかけた。

「あ、あの……ごめん、三限あった? 休み時間あとちょっとだよね……?」
「いや、俺はもうこれで終わりだから大丈夫だ。そっちこそ大丈夫なのか?」
「あ、うん。僕もさっきので今日は最後だから」
「そうか」

 とりあえず時間の心配はしなくてよさそうな様子にスザクはほっと息をつく。それから気を取り直したように彼へと笑いかけた。

「でも、お昼とか誰かと食べる約束してない? 友達とか。もし待たせてるんだったら……」
「いや、別に」
「そう?」
「友達なんてほとんどいないしな」
「……え」
「ん?」

 何かおかしなことでも言ったか? と言いたげに彼の首が傾げられる。その仕草が硬質的な美しさをもつ容姿とアンバランスで、それ故に可愛らしく見える。いや、成人間近(もしくは成人済み)の男に向かって可愛いというのもどうかとは思うが、本当に可愛いのだから仕方がない。
 不思議そうな表情を浮かべる彼に、スザクは驚いた顔で問いかけた。

「……いないの?」
「え?」
「友達」
「そんなには。……十人未満というところか?」
「すくなっ!」
「そうか?」
「だって、君二年でしょう?」
「ああ」
「だったら授業とかサークルとかゼミとかで仲良くなったりしない?」
「授業はほぼ個人だし、サークルは興味がない。ゼミでそれなりに親交を持ったのがその数名だ。あとは腐れ縁だったり、いろいろと」
「それにしたって少ないよ……。授業休んだ時ノート見せてくれるとかさ、休校の時とか知らせてくれたりとかさ、なんか色々あるじゃないか」
「それぐらい一人で出来なくてどうする。それに、お前の言い方だと利用するような言い方だぞ」
「あー、うー……」

 決してそういう意味ではないのだけれども、確かに指摘された部分は都合のいい部分だけだ。そもそも友達なんてわざわざ作るものではない、自然となるものだ。そんなことはスザクにだって解っている。解っている、が。

「……さびしくなったりとか、しない?」

 ぽつり、と零した問いかけに彼は目を丸くして驚いたように瞬かせた。

「…………」
「…………」
「…………」
「ああああああゴメンナサイ!! 変なこといいました!! 忘れて」
「寂しいとか」
「え?」


「寂しいとか、そういうことってよく解らないんだよな」


 少し困ったように苦笑しながら言う彼に、胸の奥で何かがざわめいた。

「…………」
「…………」
「……あの」
「この後」
「え?」
「この後、暇なんだよね?」
「え? あ、ああ……」
「じゃあ、」

 かたん、と椅子から立ち上がってバッグを肩にかける。それから彼の腕を軽く掴んで引っ張って。心底不思議そうな表情を浮かべる彼に、にっこりと笑みを見せた。

「ご飯奢るから、食べに行こう?」

「……奢られる謂れはないんだが」
「さっき大声出したお詫び」
「今のコーヒーでチャラだろう」
「僕が出したいって言ってんだからいいの。それに口実作りくらいさせてよ」
「口実?」

 目を瞬かせてから、怪訝そうな顔を浮かべる相手の腕を掴んだまま歩き出す。とりあえず強引にでもぐいぐいと引っ張ってしまえば、彼は何のかんの言いつつも着いてきてくれた。それが嬉しくてますます顔が綻んでくる。眉を寄せてどうしたらいいか解らないような相手のあげた疑問の声に、スザクは笑って答えを返した。

「君の名前とメルアドと、携帯番号その他諸々を聞き出す口実」
「…………新手のナンパか?」
「あはは、そうかもしれないね」
「下手なナンパだ」

 そう言いながらも、振り解かれない腕をそっと握り締めて。
 前を向いていた顔を後ろへ向ける。まだ言っていなかった一言を告げようと、スザクは今の自分が出来る最高の笑顔を向けた。

「僕の名前は枢木スザク。君は?」
「……ルルーシュ。ルルーシュ・ランペルージ」
「よろしく、ランペルージ」
「……ルルーシュで、いい」
「じゃあ僕のこともスザクって呼んでね!」
「…………変なヤツ」

 そう言いながらも優しく綻んだルルーシュの笑顔に、スザクは自分が滅多に酔わない性質だと再確認させられることになった。







“やっぱり、可愛いと思った自分に嘘はない!”