ねぇ知ってた?
 運命の出会いってあるんだよ。

 ………は?


その思いの名は



「……いきなり出てきて何を言いだすバ怪盗」
「えー! 名探偵はそうは思わないの? 俺はびんびんに感じちゃったんだけど!」
「何をだ」
「運命!」
「何の」
「恋の!」
「……誰と誰の」
「そりゃもちろん名探偵と俺の」

「…………糖分取り過ぎで頭イカれたか?」

「ちょっ! 酷いよ名探偵、俺は至って正常だもんっ!」

 目の前でぎゃあぎゃあとわめく白い怪盗を見てため息をつく。
 ……何時からだっただろうか。この怪盗の口調が乱暴なものやあの気障な言い回しから、今喋っているどこか子供っぽいものに変わったのは。
 かろうじてあの冷涼な気配は崩していなかったけれど“KID”という名前らしく、たまに見せる気配は子供のように無邪気で。
 そのことに頭を抱えたくなったのは一度や二度では、ない。
「じゃあどっから出てきたんだよその台詞。どこの異次元空間から取ってきたんだ?」
「此処の書庫から」
「は?」
「うんと……『あるのよ、運命って。実際出会ったその時は気付かなくても、後で気付くの。あれが運命の出会いだったんだって。……そんな風に貴方と思えたらいいなって思うんだけど、どうかしら?』」
「……随分昔の台本だな。どこから見つけた?」
「えーと下の隅っこの方? ちゃんとファイルにされてて丁寧にしまってあったよ」
「親父は母さんのやった台本、全部残してあるからな。……あの馬鹿っぷるめ……」
 ソファに座っている探偵を後ろから背もたれごしに怪盗が抱き締める。
 そんな状況にも慣れてしまった自分が怖い。
 しかも此処は探偵である自分の家だというのに。

 怪盗が捜し物をしていることは知っていた。そのために情報を欲しがっていたのも知っている。
 だからこの屋敷に忍び込んだのを見つけた時も、別段驚きはしなかったのだ。探偵の家に不法侵入するなんて大物だなー、と感心しながら言ったら「何か間違ってません……?」と情けない顔で聞かれたのをまだ覚えている。
 結局、自分に害をなさないのなら別に捕まえる気もなく。
 そのまま放置しておいたら……怪盗はすっかりこの屋敷に入り浸るようになっていた。

 最初は夜中だけ。
 次第に夜も、夕方も、果てには昼も。
 段々と長くなっていった“一人じゃない時間”。
 今ではもう、考えられないくらい自然な日常。
 最初の言葉は一緒にお茶をしている時、甘党だったらしい怪盗がコーヒーに砂糖を山盛り五杯入れるのを見ていたからだ。
 糖分の取り過ぎでてっきり頭が溶けたのかと思ったが違ったらしい。
 原因は元女優である母、旧姓藤峰有希子が昔出た台本の台詞だったようだ。良く考えたら聞いたことのあるフレーズだったのが少し馬鹿らしく思える。
 そんなことをつらつらと考えていると、抱き締めてくる腕の力が強くなって耳元に囁きが落とされた。

「名探偵。お返事をいただけませんか?」
「……っ!」
 ぞくっと何かが背中を走り抜けた。ぴくりと震える己の体。
 頬が熱くなるのが自分でも解る。そうなると相手にもバレているだろう。嫌な手を使ってくる怪盗が恨めしい。
 うぅ……と唸りながら相手へ振り替えると、そこには楽しげに微笑む顔があった。
「お返事は頂けないのですか?」
「……何のだよ」
「もちろん、私と貴方の出会いが運命だったということです。そう、例えば生まれた時から共にひかれ合い、愛し合う運命だったのですよ私たちは」
「勝手に決め付けるな」

 いつのまにか変わっている口調。
 抱き締められている体が熱い。
 見つめてくる夜色の瞳に全てを見透かされている気がして、頬に朱が昇るのが自分でも解る。
 ……あぁ、どうしてこんなに。

「…………キッド」
「はい?」
「……お前が、俺たちの出会いが百歩譲ってやって運命だって言うんなら…………」



“言うことが、あるんじゃねぇの?”



 怪盗がぽかんと口を開けて間抜けな顔をする。
 数秒後にはっとしてえ? え? と慌て出す怪盗からは常のポーカーフェイスがすっかり抜け落ちていて。
 探偵は声をあげて笑った。

 だってそうだろう?
 自分は幾ら運命だって言われても、どう返せばいいか解らない。

 だから解りやすく伝えてくれれば。
 もしその言葉に返せる言葉を、想いを、自分が持っていたなら───答えられるかも、しれないじゃないか。


 こちらの意図を汲み取ったのか、怪盗がどこか泣きそうな微笑みを浮かべる。
 それは悲しみと呼ぶにはあまりにも暖かい笑みで。
 むしろ“嬉しさ”が溢れてたまらない、といったような微笑み。
 一度額を重ねてから腕を離しひらりとソファを飛び越えて、怪盗は探偵の顔を手で覆った。

「好きですよ、名探偵。この世の誰よりも、貴方のことを愛しています」
「……俺の名前は“名探偵”じゃねぇ。そうだろ? ……“快斗”」
「っ!? ……うん、そうだ、ね……」

 怪盗は、探偵が紡いだ自分の名前に目を見開いて驚いた。
 しかしすぐに心から幸せそうな微笑みを浮かべて、囁く。

「愛してるよ新一。だからずっと傍にいさせて?」
「……俺、も。だから、ずっと傍にいやがれ」
「了解!」

 二人晴れやかに微笑んで――――そっと唇を重ね合わせた。


“出会った時からもう運命は決まっていたのだと”