馬鹿なことをしているとは解っている。それでも、どうか彼だけには、と思ってしまうのは。
「……どうしてかしらね?」
 まるで少女のように無邪気な笑みで、彼女はそっとそれを手放した。



First and last letter to you.



「……わぁお」
 どどん! とゴシック体で書き文字がつきそうなほどの威圧でもって積み上げられたダンボール箱に、快斗はひきつった笑みをもらした。
 ……幾らなんでもこの量はあり得ないだろう。
「あー、また今年もすげぇな……」
 面倒そうに――しかしこの光景に何も違和感は感じていない様子で隣の恋人はため息をついた。その場で玄関に積み上げられたダンボールを開けると中に入っていた束を手に取る。
 束を纏めていた細紙を破り捨て、新一が冷え切った廊下にどっかと腰を降ろしたのに快斗は慌てて彼の腰を持ち上げた。
「ちょちょちょちょっと新一!?」
「ンだよ」
 邪魔すんな、とばかりに向けられた視線に慌てる。大変で面倒なのは解るがそこは快斗だって譲れない。
「こんなところでやってたら風邪ひくでしょ!? っていうかなにこの量! これ全部年賀状なわけ!?」
 そう。年始に欠かせぬ、最近では少々廃れ気味な日本の文化。
 工藤家の玄関、上がり口に積み上げられたそれらは膨大な数の年賀状だった。
「父さん宛に母さん宛、俺宛も入れたら毎年けっこうな数だからな……。これでも少なくなったほうだぜ? 今はメールで年賀状も珍しくねぇし」
「いや、そういう問題じゃなくて!」
「ああ、たぶんこれから三日間くらいこんな感じだろうからよろしくな」
「…………」
 さすが世界を股にかける工藤一家。スケールが違う。
 手馴れた様子で葉書の束をざっと一瞥しては分けていく新一を、快斗は半ば呆然としつつ見つめた。幾らなんでもダンボール五箱の年賀状だなんて見たことが無い。
 いや、確かに世界中にファンがいる工藤優作、有希子夫妻ならばこのくらいは当然なのかもしれない。日本人である優作氏に敬意を表する海外のファンならば、日本の慣習を知っていてもおかしくはないだろうし。

 しかしこの量があと×3、というのは。

 恐るべし、工藤家……と思わず空恐ろしいものを感じてしまった快斗は、ふと作業を進める新一を見て再度慌てて彼を持ち上げた。
「だから新一、こんなとこで見てたら風邪引くよ! 新年からベッドで過ごしたくはないでしょ!?」
「でもこの数だぞ。リビング持って行くのは面倒じゃねぇか、疲れるし」
「はいはい、俺が全部運んであげるから新一はリビング戻って戻って。こんなところで読ませたら俺が哀ちゃんに怒られちゃうよ」
「……まぁ、一箱くらいなら」
 さすがに五個全て快斗に運ばせるのは気が咎めたのか、快斗が二箱を重ね持ち上げたのに新一も一箱抱えるとリビングへと移動した。
 快斗への年賀状は実家に届いていることだろう。来年からはこっちに転送してもらおうかと思っていたが、年賀状だけは実家に取りに行ったほうがいいかもしれない。さすがにこの量の中から快斗宛の年賀状を探し出すのは困難だ。
 そうして全てのダンボールをリビングへと移動して暫く。
 積み上げられていく年賀状に嫌々ながらも目を通していた新一の手が、不意に止まった。
「新一?」
「…………」
 じっ、と瞬きもせずに葉書から目を逸らさない新一に快斗は首を傾げる。
 どうしたのかと後ろから覗き込んで――そこに書かれていた名に快斗は目を見開いて、それから苦笑しつつそっと新一の肩を抱き寄せた。
「……年賀状、っていうか」
「うん?」
「ラブレター、だねぇ」
「……そう、だな」
 苦笑する新一の指がどこか愛おしそうに葉書をなぞる。
 差出人に名前は書かれていない。真っ青な空と海のブルーが印刷された絵葉書に添えられていたのはただ一言。


『That you happily ever after. My silver bullet.』


 ただ一人あの組織から逃げ仰せ、その際に新一や哀の情報を全て破棄していった、女性。
 何のためかも、今どうしているのかも解らないが――ただひとつ解ることがある。
 彼女は新一を好いているということ。

「……いつかは、捕まえてやるよ」
 それがきっと彼女の望みだと、名探偵は知っている。



今年も来年も、よろしく。
そして、いつか私を捕まえに来て。