まさか、と思ったのだけれども。


 一度確信を持ってしまえば、気になるのが人情ってなもんで。






「…………スゲー……マジで来てくれた……」

 間抜け顔で呟かれた言葉にくるりと背中を向けたのは、決して自分のせいではない。

「…………帰る」
「わー! ちょ、待った! 待って待って待って! 俺が悪かったです、すみません帰らないでめーたんてーっ!」

 がしっと肩を掴んで必死に止める怪盗の様子にため息をついた。
 何というか、描いていた人物像からそこまで離れてはいないものの、一番慣れた口調とは全く違う喋り方に妙に違和感を感じる。振り向けばどこか縋るように見つめてくる相手が可笑しくて仕方がないのだが、それは伏せておいて。

「で、何の用だ」
「……えっと、その……」

 仕方無しに聞く体制をとって問いかければ、彼は口ごもってしまった。
 そっちから呼び出したくせに何だというのだろうか。暗号につられてしまった自分も自分だが、人を呼び出しておいて何も言わないというのはよろしくない。
 女の子に呼び出されたというのなら話の内容もそれなりに感づけるのだが、如何せん、相手は同性である。しかも人間と呼んでいいのか首を捻るくらい規格外な。
 そんな相手の言いたいことが解るはずがないのだ。
 暫くして自分の強い視線に閉口したのか、苦笑を浮かべて怪盗はホールドアップしてみせた。

「……ごめん、特に用事ってほどの用事は無いんだ」
「はぁ?」
「ごめん、ね」

 紡がれた言葉に呆れ返る。
 用事がない。用事が無いのに相手はわざわざ自分用に難しい暗号(餌)を用意して、尚且つこんなところで待っていたのか。やっぱり地球外生命体のことはよく解らない。

「……オメー、何がしたいんだよ」
「何がしたいっていうか……本当に、ただ話がしたかったんだ。会って、普通に話してみたいとずっと思ってて……」

 確かに、相手と自分の間柄ではそうそう喋る機会もない。何といっても探偵と怪盗だ。ライバルで、追うものと追われるものである自分達が普通に話せないのは当然のことである。
 だがそんな事をつらつらと考える思考は紡がれた言葉に断ち切られる。

「今なら全部、話せるし教えられるから」
「……全部って」
「俺が何でキッドやってたかとか」

 苦笑のように困った笑みを浮かべて呟く怪盗の様子に眉を寄せる。自分の考えが正しければ、つまり。

「……終わったの、か?」
「全部終わったよ。……もう怪盗キッドは現れません」

 やっぱり、と思わず呟いた。
 もし彼が話しかけてくるのならば、理由はそれしかないと思っていたから。
 恐る恐るこちらを伺うその姿はとてもじゃないが、あの気障な怪盗紳士とは似ても似つかない。くす、と小さく笑みを漏らしてから相手の腕を掴む。
 それに驚いたように怪盗は――――いや、元怪盗は目を瞬かせて名探偵? と首を傾げた。

「こんなトコじゃ話せねぇだろ。俺んち来いよ」
「え……」
「それにこれは答え合わせだ。俺だって何も推理してないわけじゃないんだからな。まずはお前の名前からだけど……俺が言うのは癪だからお前が言え」
「めいた……」
「あと、その“名探偵”ってヤメロ。それは俺の名前じゃない」

 どんどん零れる自分の言葉に、元怪盗は目を白黒させていた。だけれど呼ぶのを遮ると呆然としたようにこちらを見つめてくる。
 歩きながら暫く経って、不意に怪盗は泣き笑いのような笑みを浮かべた。腕を握っていた手が取られてぎゅっと包み込まれる。
 それから何がそんなに嬉しいのだか、満面の笑みで叫ばれた。


「東都大学一年黒羽快斗です! これからよろしく、新一!」
「これからって何だよお前……」


 さりげなく名前呼びされていることに気付いていたが、快斗が酷く嬉しそうなのでまぁいいかと口を閉じる。
 嫌だと思わない自分に淡く笑みを浮かべつつ、新一は握ってくるその手をそっと握り返した。





“きっと、繋がれた手はもう離されない”




Special Thanks Illust 夏野!