二人の間に横たわるのは、嘘の日、偽りの姿、交わらない・相容れる筈のないお互いのポジション。
 抱えるものに気がついていたからこそ、近づくことなんて出来なくて。
 理解していてそれでも、出逢ったあの瞬間からその瞳に囚われてしまったから。

 君に、会いたい。

 今はもう、自分を偽る必要なんてないのだから───。


君に贈ろう、精一杯のアイノコトバ。



「……ったく、こんな所に呼び出しやがって」
 暦の上では春だというのに身を刺すような肌寒い空気に眉を潜めた。いや、春だからこそ夜は一層冷え込むのだろうか。そんなことをつらつらと考えつつ、新一は暖を求めてコートのポケットへと手を突っ込んだ。
「寒ぃー……」
 時折吹く寒風に身を震わせる。地上より高い場所にいるので幾分寒いことは覚悟していたが、まさかここまでとは。ちゃんと厚着をしていけという隣の主治医の指示に従っておいて良かったとしみじみ思う。
「早く来いよ、バーカ」
 誰もいない屋上に静かな声が響く。それはぶっきらぼうで、それでいてどこか、喜色を帯びた声。
 その浮ついた声に自分でも気がついてしまって、いたたまれなくなってマフラーに顔を埋める。寒いのに顔だけが火照って、体感温度はしっちゃかめっちゃかだ。

 ……本当に馬鹿なのは自分だ。
 家に送られてきた『招待状』という名の暗号に書かれていた時刻は零時きっかり。それなのに三十分も早く来てしまったのは、待ちきれなかった自分のせいで。

 “それ”が誰からの手紙なのかは直ぐに解った。
 見覚えのある白い光沢のカードにフォント。紳士の名にふさわしい、気障な言い回し。差出人の名前なんて無くポストへ直接投函されていた、それ。
 『彼』だ──と思った。いや、それはもう直感に近かったのかもしれない。
 自分があの組織を潰し本当の姿を取り戻した頃に、彼もまた捜し物を見つけたらしいとは解っていた。
 ある日突然出された引退宣言。
 そのニュースは一週間経っても衰えることを知らず、毎日テレビや新聞で騒がれている。
 それを見るたび聞くたびに、胸が締め付けられるような気がしていた。

 自分が短期間で組織を潰せた理由は、彼が大きく関係している。
 あれはクリスマス。まだ自分が小さな姿に閉じ込められていた頃、身を寄せていた幼なじみの家に届いた真白い封筒。
 書かれていたのは小学生らしい字とでたらめだろう住所。そしてその中に入っていたのは白いカードと一枚のCD-ROMだった。

 『宝石は闇の中では光らぬもの。光があってこそ、照らされ輝くその美しさに気付けるのです。
 もちろん、暗闇があるからこそ光の中での美しさにもまた気が付くのですが、至高の宝石がいつまでも暗闇にあるのはいただけないことでしょう。
 聖なる夜にお送りしたこの贈り物で、貴方の光を曇らせる闇を少しでも払えることをお祈りしております。』


 書かれていたのはまるで謎かけのようなメッセージ。けれどその意味にはすぐに気が付いた。
 CD-ROMにはどこかの建物の見取り図と地図、そして人員、資金源などのリスト。
 どうやって入手したかは解らない。けれどそれは自分や灰原が欲しがっていた情報そのものだった。

 そしてすぐにその情報を基に動きだして三ヵ月──『江戸川コナン』は米国の両親の元へと戻り、代わりのように『工藤新一』が帰ってきた。
 ずっと気になっていたのだが、補習にちゃんと出れば留年は免れるらしい。それで一つ肩の荷は降りたものの、気掛かりはもう一つ。

 ……白い翼を持つ鳥の、行方。

 心配で心配でたまらなかった。
 彼もまた、目的の為に何かを追って闘っていることを知っていたから。
 怪我してないか?
 辛くないか?
 痛くないか?

 ──――……生きてるか?

 聞きたいことはそれこそ数えきれないくらいで。
 だから、これが届いた時は本当に嬉しかったのだ。
 生きていたんだ、と。

 待ち遠しくて待ち遠しくて、結局時間よりも早く来てしまった自分に苦笑しながら視線を下げた。時計の針が重なる。
 ――――その瞬間、ふと後ろに生じた冷涼な気配。
 それは、もう感じ慣れたと言ってもいいくらい知った気配で。


「……よぉボウズ、こんな所で何してんだ?」


 声を掛けられた瞬間、あの日と同じ台詞に心臓が跳ねた。

「……生憎ながら、俺はお前にボウズって言われるほど小さかねェぜ?」
 ゆっくりと、焦らすように振り返りながら呟いてみる。
 視界に入ったのは月光を背負う、凛とした白い姿。
「もし私の年が貴方より高ければ坊主扱いでもおかしくないでしょう? 貴方はまだ成人してるわけではないのですし」
「ばーろ、今更そんな言葉使いすんなよ。大体、お前も俺もあんまり変わらねえだろ?」
 ニヤ、と不敵に笑ってみせる。
 言い切る、その言葉は勘と言うよりも確信に近くて。
「おや……さすがは名探偵。その様子だと何か掴んでるんだね?」
 切り替わった言葉使いにくすりと笑った。
「ま、な。別にそれが正解かなんて解っちゃいねーけど」
「でも見つけたんでしょ? 俺だって決め付けられる“何か”を」
「……それが“真実”ならな」

 でも、言わない。

「“世の中には謎のままにしといたほうがいいこともあるんだぜ?”……って言ったのは、お前だろ?」

 そう言ってやったら目を瞬かせて苦笑する。
 それからそいつはそっとこちらに近づいてきて、顔が解ってしまいそうな位置まできた。
「……そんなに近づいてきたら顔、見えちまうぞ?」
「もう見えたって、問題ないでしょ?」
 笑いながら言った言葉に返ってきたのは悪戯っぽい囁き。
 吐息まで聞こえてきそうな位置に、怪盗の顔があった。
「……確かに、そうだな」
 自分は彼の本当の姿を知っていて。
 彼も自分の偽りの姿を知っていて。

 胸の奥に灯る、愛しさという名の光に気付いてる。

 ふわりと、頬に触れる温もり。
 優しい指先が確かめるように頬をなぞる。
 視線の先にもう白は無く、代わりのように黒っぽい服装の少年。
 自分とそっくりの顔に浮かんでいる表情にまた笑った。

「ばーろ、何泣きそうな顔してんだよ」
「だって……ほんとに嬉しくて」
「……そんなの、俺だって同じだ」

 こつん、と額を合わせて二人で笑う。

 もう何も怯えることはない。
 神経を尖らせて、すり減らして。
 明けない夜に歯噛みすることも無い。
 だってもう朝はきたから。

 だから。
 今度は夜の帳の中ではなくて、昼の陽の光の中で。
 今日はそのための第一歩。

 さぁ、僕らにとっての『真実』を伝えよう。


「初めまして、黒羽快斗って言います。突然だけど、君のことがずっとずっと前から大好きでした。一生傍にいさせてくれませんか?」
「初めまして、工藤新一です。俺も、お前のことをずっと前から凄く知りたかった。もっと知りたいから一生傍にいてくれないか?」


 世界はエイプリルフールでも、この日は僕らにとって『真実』を言ってもいい日だから。
 今の自分に言える、精一杯の愛の言葉を。

「……名探偵らしい告白だねぇ」
「お前は直球だな」
「だって名探偵相手だし」
「何だそりゃ」

 ね、もっと触れてもいい? と問いかける相手に笑いながら目を瞑った。


 さぁ何度でも君に伝えよう、僕にとって一番の真実を。


“偽りの日に僕らだけの“真実”を”