父の影響か、毎年この日にはたくさんのプレゼントや祝福の言葉を貰うけれど。 今年はそんなものよりも、もっと欲しいものが、ある。 《Cross Road》 「待ちやがれこのバ怪盗――っっ!!!」 今日も今日とて夜闇に悔しげな言葉が響いた。 「あんの野郎……!! 次は絶対捕まえてやる……!!」 拳を固く握り締め、彼は低い声で誓いを立てていた。………もう何回目かの、誓いを。 それはまるで昔の自分と同じように見えるけれど、彼と自分じゃ追い詰め方が全然違う。 天と地ほど、とまでとは言わないが(自分だってプライドがないわけじゃない)やはり彼のほうが数段上だ。 警察を最大限に利用、そして追う時はほぼ自分の力のみ。それでいてここまであの怪盗を追い詰めるのだから本当に凄い人だ。 当初は見縊っていた自分も、もはや彼よりも自分が劣っていることを認めざるをえない。 そんなことをつらつらと考えていると、今まで憤怒の形相でいた彼がこちらを向いた。 「………何笑ってるんだよ」 「いえ?何でもないですよ」 思わず笑みが零れていたらしい。 あまりにも、彼が可愛すぎるのがいけないのだ。 冷静、怜悧、綺麗、美しい。 彼を賞賛する言葉はどこか硬質なイメージのものが多いが、こうして行動を共にするようになってからはそんなイメージだけではなくなっていった。 実は子供っぽいところが多いこと、一つのことに集中すると他のことがおろそかになってしまいがちなこと。 可愛い仕草、無邪気な笑顔。 [名探偵]でもなく[日本警察の救世主]でもなく、[工藤新一]という、存在。 知り合って、そして、惹かれた。 ……今日だけは、いいだろうか。 あの怪盗に、瞳を向けている彼の。 気を、逸らしても。 「…………工藤、君」 「ん? 何だ?」 「その……あの、今日……」 『何の日か、知ってますか?』 少しの躊躇いと、願い。 願いが、勝った。 「……………………焼肉の日?」 思わず脱力してしまった自分に、非は無いと、思う。 「………………そうですね、焼肉の日ですね」 「え? じゃ、じゃあペ・ヨンジュンの誕生日とか」 「……そうなんですか?」 「らしいぞ。知り合いが言ってた」 ……まぁ、知っているわけは無い、か。 少々の落胆に苦笑してから、こちらに歩いてきた彼に微笑んだ。 かれはこちらを見ながらお腹を少し触り首を傾げる。 「そういや腹減ったな……」 「何か食べに行きませんか? 折角ですから焼肉でも」 「お前が焼肉って何か似合わないな……。んーどうしよっかな……」 今度は悩むように首を捻った彼に、駄目かと小さくため息をついた。 気づかれぬようにしたつもりが、直ぐに訝しげな目をされて問いかけられる。 「なぁ、今日なんかあるのか?」 「………実は、今日は僕の誕生日なんですよ。」 軽く言った自分の言葉に、彼が目を大きく見開いた。 その時の心底驚いたような顔を、一生忘れないと思う。 「……っ!! そういうことは早く言えよ! 今日ったってあと三時間くらいしかねぇじゃんか!!」 一瞬で怒ったように叫んだ彼に驚く暇もなく、彼が携帯でどこかに電話するのを見つめる。 次に出てきた名前に、度肝を抜かれるが。 「………そ、今日は食って帰るから。あぁ? 別にいいだろうが、今日は白馬の誕生日なんだってよ。お前も知ってたんだろ? ……いいから、今日は帰れ。いいな? じゃ、またな黒羽」 「!? …………く、工藤君、今の電話の相手、は……」 「ん? あぁ、黒羽のことか? 確か同じクラスなんだろ」 「は、はい……で、でもどうして知り合いに?」 「あー、あいつの親父さん……黒羽盗一さんが母さんの知り合いでさ。この前偶然知り合ったんだよ。墓参り行った時な」 「そう、だったんです、か……」 ……少し、気になるところではあるけれど。 でも、今はそんなことよりも。 「いいんですか? 何か約束があったんじゃ……」 「いや、約束なんてしてないぞ。ただあいつが俺の食事事情見て、最近勝手に作りに来てるだけ。連絡はしたし、心配ねーよ」 そう言うと、彼はすたすたと入り口に向かって歩き出す。 扉を開いてこちらを見て笑った。 「焼肉なんかじゃ誕生日のディナーには向かないだろ? 折角だから美味い店連れてってやるよ。」 俺のおごりだぞー? 何てちょっと誇らしげに言う彼に目を瞬かせてから。 きっと、今日一番の笑みを浮かべて彼のもとへ向かった。 ……あの、『彼』よりも。今日は自分を優先してくれたことが。 一番のプレゼントだ。 今日だけは、あの怪盗に少しばかり感謝しよう。 予定などなかった、彼と自分の道を重ね合わせてくれたあの白い鳥に。 |