噂だけは、聞いていた。














 『東の高校生探偵』

 『迷宮無しの名探偵』

 『日本警察の救世主』

 『平成のシャーロック・ホームズ』


 全てを見抜く慧眼の持ち主とまで言われる、自分よりも有名な探偵。


 一時期行方不明だったものの戻ってきてからはたまに自分の代わり……と言っては何なのだが、それに近い状況で暗号を解読したり、配置に少し助言をしているという。

 その全てが自分の思いつかないものだったり。

 あと一歩というところまで追い詰められたりだとか。


 ………はっきり言ってしまえば少々面白くなかったのは認めよう。


 今までずっと『彼』を追いかけてきた警部や自分よりも、彼に『探偵』と言わしめる人物。








 『もし、私を捕まえられるとしたら…………“彼”だけでしょう。』








 …………そんなことを、言われる人物。



 皆が「冷静沈着」だとか「クールビューティー」だとか「美人」だとか。
 ……何だか容姿がらみの言葉が多かったせいであまりいい印象はもてなかった。(身近に良い例がいるし)
 どんな人間かとは、思っていたけれど――――――――――…………。







 「これでもくらいやがれ――――っっっ!!!!!」
 「ちょ、ちょっとまって下さい名探偵!! さすがの私でもそれが当たったら唯じゃすみませんからっ!!」
 「うっせぇ!! 一回殺したくらいじゃ簡単に死なないだろ!? ゴキブリみたいなヤツがっ!!」
 「いやいやゴキブリって酷いでしょうっ!?」
 「がたがた言ってねぇでさっさと当たりやがれ――――っっ!!」






 ……………これは、ちょっと想像していなかった。











 《Start Line》










 「おやおや……白馬探偵もやっとお着きになられたようですね。それでは私はここで失礼致します。お休みなさい、我が麗しの名探偵……」
 「何が麗しだこの………っ一人特撮男―――っっっ!!!!」


 離れていった白いグライダーがかく、と変な方向に傾いたのは気のせいじゃないだろう。
 そのまま墜落しないかどうか少しだけ心配した。さすがに死体とご対面というのは幾ら相手が犯罪者だろうと気分の良いものではない。
 ましてやそれが自分の想定している人物なら尚更だ。

 ……………………………っていうか一人特撮って何でしょう? と、白馬は埒も無いことを考えた。



 「ヘンタイー! ちかんー!! スケベ男ー!! セクハラ魔ー!!」



 フェンスをがちゃがちゃと耳障りな音を響かせて揺らす探偵の叫びが聞こえる。
 しかし何だかその内容が女子高生……いやさ女性的な罵声なのは何故だろう。まるで本当に電車内で痴漢にでもあったような台詞だ。
 いや、実際された時に叫べる女性は少ないだろう。
 あぁ、同じ男としてそんな低俗で卑劣な行為に走る男が情けなく汚らわしい……、と白馬の思考は目の前の光景を認めたくない為かどこか遠くへと脱線していった。




 ………つまるところ、夜空へ口汚く罵声を上げてそこらにあたる名探偵の姿を見ないが為に。




 日本警察の救世主。

 平成のシャーロック・ホームズ。

 クールビューティーなど、常に冷静沈着な態度で的確な判断を下すと言われている工藤新一。

 その、彼が。



 「あのバ怪盗……!! 今度博士に頼んでサッカーボールに蛍光ピンクの特殊染料仕込んでおいてやる………っ!!!」



 何だかとてつもなくビミョウな台詞をぼやきながら怪しい笑みを浮かべてる……なんて。
 ちょっと(いやかなり)信じたく、ない。

 しかもその言葉に蛍光ピンクになった怪盗を想像してみる。




 …………何だかとてつもなく怪盗がカワイソウに思えた。




 「あの……工藤新一君、ですよね?」
 「ん? ……あぁ、確か白馬総監の……」
 「息子の、白馬探です。初めまして」
 「あ、初めまして。工藤新一です」




 恐る恐る近寄ってみると、彼はやっと自分の存在に気がついたらしい。
 どこか幼い仕草で目を瞬かせると、軽く会釈をしながら差し出してきた手を握ってきた。

 失礼だとは思うが、高校三年生の男子にしては細くて柔らかい指と掌だ。

 こんな間近で見たのは初めてなのだが、身長も170と少しくらいだろうか。体格や体の線も細く、中性的な印象を受けた。
 確かに顔は自分のクラスメイトと似ている。が、こうして見ると雰囲気や表情、イメージなどで大分違った。
 明るくお調子者のクラスメイトは格好良い、と女子が騒ぐ男性的な印象だ。
 しかし目の前の彼から受ける印象は「綺麗」だ。確かに格好良いけれど、それはまた少し違う。
 どちらかというと、女性が綺麗な女性に言うそれと似ているような気がする。女性とも、男性とも違う曖昧なもの。

 …………しばし固まっていたのは無理が無いと思いたい。

 「…………あのさ、俺の顔に何か付いてるか?」
 「え? ……あぁ、すみません。ちょっと知人に似ていたもので……」
 「………………………その知人って、女じゃないよな?」
 「いえ? 男性ですが」
 「そっか、ならいい」
 思わずまじまじと見つめてしまっていたらしい自分の視線に、居心地悪そうに彼がこちらを見やった。
 それに慌てて謝ったものの、不可解な問いに首を傾げる。不思議そうな顔を浮かべる自分に気づき、少し拗ねたような、剥れたような表情を浮かべて彼がぼそぼそと呟いた。
 「………………たまに母さんとそっくりって言われるから。ちょっと」
 「ああ……」
 なるほど。
 彼の母親は今でも有名な大女優、藤峰有希子だ。
 彼女はかなりの美人だが、男性である彼にとって父親ならともかく、母親に似ているというのはそれほど嬉しいことではないだろう。
 気にしていたのか、と思うと目の前の彼が可愛く思えて少し笑ってしまう。
 その笑みをどうとったのか、ますます彼が難しい顔をしたので慌てて声をかけた。
 「あ、いえそういうわけじゃ……」
 「どんなワケだよ」
 「いえ……イメージというか、聞いていた話と大分違ったので。すみません、笑うだなんて失礼でしたね」
 「……いや……まぁ、いい」
 素直に申し訳ない気持ちで謝ると、彼は少し面食らったように目を瞬かせた。ふい、と顔を逸らしながら少し頬を掻いて呟く。
 それから再度こちらを向いて、照れたように少し微笑んだ。




 ――――――――――――思えば、その笑みがいけなかったのだ。




 月下の光の中。コンクリートの屋上。

 まだ自己紹介をしたばかりの、そんな状況で。







 僕は君に、恋をした。












“踏み出した一歩は、何処まで続くのか。”