幾年月が経とうとも変わらずに繰り返される言祝ぎを、厭わなくなったのは何時からだろうか。 それはそう遠くない昔のことだ。祝われる度に幸せと痛みを伴うその言葉を、唯の祝福として受け入れられるようになったのは。 素直に、産んでくれた愛しい人を思い出せるようになったのは。哀しみは残るけれど、感謝と憧憬と愛しさだけを捧げられるようになったの、は。 今はただ、優しさだけが降り積もる。 Dear flower named,for you 「一護ちゃん誕生日おめでとう!!」 「20歳おめでと。はい、プレゼント」 「ありがとう、井上。サンキューたつき」 それぞれから綺麗にラッピングのされたプレゼントを受け取って一護は嬉しそうに破顔した。柔らかく微笑むその顔に、二人からも自然と笑みが零れる。 「ね、ね、開けて見て!」 「ああ」 織姫からは軽くて少し大きな薄型の箱、たつきからは小さめの重い包みを受け取る。ラッピングを丁寧に剥がし、まずは織姫の箱を開けた。 「エプロン?」 それは生成地の裾にアンティーク風のイチゴとクローバーがプリントされた可愛らしいエプロンだった。 「それね、汚れのつきにくいエプロンなんだって。汚れてもエプロンの繊維に含まれてる成分が汚れを浮かせるから、洗濯の時には綺麗に落ちるって店員さんが言ってたの!」 「へぇ……ちょっと俺にはかわいすぎかもしんねぇけど、いいなこれ。ありがとう井上」 「えへへ、どういたしまして!」 エプロンをまじまじと見て感心したように頷く一護に、織姫は主役よりも数倍嬉しそうに笑った。それを眺め苦笑するたつきがトン、と一護の肩を叩く。 「あたしのも開けて見なよ、一護」 「ん? おう」 エプロンを畳み、たつきの包みを開けてゆく。リボンをほどいて不織布の中から現れたのは、綺麗な橙と碧の色をした鳥の小さな置物のようだった。それぞれ反対を向いた鳥達は会わせるとお互いを見るような形になる。 ひらっべたく中央が少し凹んだを手にとり、一護は目を瞠りつつ首を傾げた。 「綺麗な色だな……でもこれ何だ?」 「箸置きだよ。日番谷さんと一緒に使ってくれよな」 「箸置きか……! たつき、ありがとう」 「それ、日番谷さんがオレンジ色のほうだからな。間違えるなよ?」 「へ? あ、うん……?」 いまいち良く解っていない若奥様に二人で顔を見合わせ苦笑する。けれど年々、感情表現が豊かになり――たつきに言わせると幼い頃に戻っていく――幸せそうな表情を浮かべる一護が嬉しくて。 二人は丁寧にプレゼントを包み直す彼女を見て、目を見交わして破顔した。 「……おはよう、黒崎」 「あ、おはよう池沢」 その時、ふと後ろからかけられた声に一護は破顔したまま振り向いた。 向けられた満面の笑みに、少し驚いたのか佳主馬が目を瞬かせる。しかし直ぐに口の端を少し吊り上げ笑うと、手に持っていた紙袋を差し出した。 「誕生日おめでとう。これ、俺と健二さんから」 「おう、サンキュ! 健二さんにもありがとうございますって言っておいてくれ」 「俺から言うよりも黒崎が直接電話したほうがいいと思うよ? 今日だって本当はちょっと会いたかったみたいだし。学会があったから来れなかったけど」 「そうか? じゃあ今晩電話すっかも」 言いながら紙袋を受け取る。佳主馬の視線に促され、一護は紙袋から厚みのある箱を取り出した。少し重いそれに中身が想像出来ず首を傾げる。楽しげな目に問いかけることもできず、包みを開いて出てきたものに目を丸くした。 「…………フォトフレーム?」 「ただし、電子式のね」 言いながら一護の手からそれを手にとると、佳主馬は手慣れた様子でそれの蓋を開いてSDカードを押し込んだ。それから近くのコンセントにプラグを差し込むと、真っ黒だったフォトフレームの画面にパッと画像が表示された。 「おわっ!?」 「わー!!」 「なるほど、これでカード内の画像を表示させるわけね」 「そういうこと」 「ちょちょちょちょ、ちょ! 池沢!!」 「どうしたの、そんな慌てて」 「どうしてお前がこんなの持ってんだよ!?」 「ああ、それは」 「――――メモリーカードは僕の担当だからだよ」 トン、と後ろから腕を叩かれ一護は振り向く。そしてそこにあった爽やかな笑みに脱力したように肩を落とした。 「…………水色か……」 「ハッピーバースディ、一護。僕の厳選した写真どうかな。日番谷さんは喜んでくれると思うんだけど」 「…………俺の誕生日なのに、冬獅郎喜ばせてどうするんだよ……」 「そりゃあ、日番谷さんには協力して貰ったお礼だから」 「は?」 「今池沢がいれたのは、日番谷さんへの貢物」 フォトフレームにくるくると映し出されるのは中学・高校・大学の一護の写真だった。皆で撮ったものから何時撮ったものか解らないものまで数多くある。中学の頃のはたつきや織姫から譲り受け、データ化したのだと水色は言った。 「で、こっちが――ちゃんとした一護へのプレゼント」 メモリーカードが差し替えられる。暫し間を置いて、液晶に映ったのは――――。 「……っ!?」 「うわ……っ」 「わ、わわわわわ……!!」 背後から覗き込んでいた織姫とたつきが目を丸くし、一護の顔が朱に染まる。 そこにいたのは、白シャツを着て気だるげに――けれど碧の瞳を甘く蕩けさせてこちらを見やる、男の姿。 その瞳が、その顔が誰を想うのかなんて、明白。 動画ではないのに、その唇がうっすらと開き、そして。 『――――あいしてる、いちご』 一文字ずつがはっきりと、唇だけが動いて。 「………………な……んだ、よこれ……」 「監修・編集、僕。衣装協力・石田。撮影・池沢。あ、ちなみにチャドは一護の撮影係だよ」 「通りで俺が暢気なわけだ……」 これが啓吾や水色だったならば警戒していたに違いない。 「ってか、なんだよこれ!?」 「あれ、気に入らなかった?」 「そ、そういうんじゃなくて……!」 「それ、俺の家で撮ったんだけどさ」 「へ?」 佳主馬の漏らした言葉に一護の目が更にまん丸に広がる。 ……佳主馬の家、ということは……。 「………………見たのか?」 「…………正直、ちょっと面白くなかった」 「悪い……」 そりゃあ……コレは目の毒だろう。 駄々漏れの男の色気。甘い囁き。蕩けた瞳はただ一人への愛を。 解っていても、これは困る。 「あー…………」 心臓は全力疾走、頬は熟れた苺のように。 「帰って顔会わせ辛い……」 「あ、黒崎。健二さんに電話するなら早くしてね。きっと日番谷さん帰ってきたら雪崩れ込んじゃってそんな暇無いだろうから」 「おま、池沢あああああ!!」 「まぁいいじゃない。誕生日なんだしさ!」 水色が笑って一護の背を叩く。織姫とたつきが教室を出る。出て、そしてその手にそれぞれ講義が終わったらしいルキアと千鶴を連れてくる。 そのうちにチャドと啓吾がやってきて、飛びついてこようとする啓吾に蹴りをいれて、チャドとは顔を見て笑いあって。 「おめでとう一護。これは私からだ」 「…………なんだこのわかめ……」 「兄様が開発したマスコットキャラクターのぬいぐるみだ!」 「いっちごぉー!! 俺からはこれだぜ!!」 「死ね」 「あぶうっ!!」 「イエス・ノー枕……」 「こんなべたべたの何処に売ってたんだよ」 フォトフレームにはたくさんの愛しい人の姿。 時折挟まれる友人達の姿。 そして、愛しい家族の写真。 「…………あ、」 こちらを向く、母の笑顔が、何故か。 少し動いて『おめでとう』を言ってくれたように思えた。 生きていること、生かされていること。 祝福される喜び。 小さな画面に映るたくさんの笑顔が嬉しい。 「んじゃ皆揃ったところで、せーの!」 「「「「「「「「ハッピーバースデー一護!」」」」」」」」 向けられる愛しさに胸が詰まる。 あの人に出会わなければ、きっとこんな幸せは知らなかった。望まれることが、赦されることがあってもいいなんて知らないままでいた。言祝ぎを貰うたびに軋む胸の音は気付かず、そうして何かが削られていくのも見ないフリをして。 ああ、ねぇ、だから。 「……ありがとう、みんな!」 『貴女』に、この幸せを伝えたい。 産んでくれてありがとう。 幸せに出逢わせてくれてありがとう。 それから――――気付かせてくれてありがとう、冬獅郎。 胸に降り積もる優しさはきっと、白銀の花の形をしている。
“その喜びはあなたが愛する人の数だけ咲くのでしょう” |