「お邪魔しまーす……」

 馬鹿。
 お前を邪魔だと、俺が思うわけないだろう?




Cake and you who are sweet



「一護!! 待ってたわアタシの天使!!」

 死神なのに天使はどうなんだ、とイロイロつっこみたいとこはあるが言いたいことはため息ひとつで済ませた。おずおずと扉に手をかけて、伺うようにこちらを見やる子供を構うのが最重要事項だからだ。
 まだ入ってこようとしない一護を指先で促し微笑めば、子供は嬉しそうに部屋の中へと入ってくる。
「早かったな」
「今日は午前授業だったから。……仕事の邪魔だったら、他行くけど?」
「邪魔じゃないわよ。隊長、一護も来たことだし一休みしましょう?」
「俺はともかくテメェはもう少し働いてもいいんじゃねぇか……?」
 机から立ち上がり、うきうきと茶を煎れにいく乱菊に一護が苦笑している。
 とはいえ年中サボリ魔の乱菊が、毎週土曜日だけは真面目に仕事をする理由を知っているので、冬獅郎は筆を置くと一護のいるソファへ歩み寄った。
 隣に腰を降ろすと、一護がちらと視線を寄越す。その視線の意味にふ、と笑うと子供はぎゅっと眉を寄せた。
「……なんだよ?」
「いや。またくだらねェこと考えてんだろうと思ってな」
「くだらないことって」
「大方邪魔しちまったなんて考えてんだろうが、俺はやらなきゃいけねぇ仕事放ってお前に構う男か? 一護」
「……冬獅郎は、いつもちゃんと仕事する」
「俺がこの日まで仕事溜めておくわけねぇだろ?」
「…………うん」
 何度繰り返したかも解らぬやりとりの末、こくりと頷いた一護に冬獅郎は笑う。
 本当に駄目ならば、時間が空くまで待っていろと言うか、屋敷に行っていろと伝える。それを何度も言っているし実際そうしているというのに、この子供はまだ遠慮しようとするのだ。
 ――――まぁ、可愛いからいいのだけれど。
「あ、隊長なんかヤラシーこと考えてません?」
「は? 何言ってんだお前は」
「だって顔、緩んでましたよ」
 戻ってきた副官に指摘され、冬獅郎はくっと喉を鳴らして笑う。
「まぁ、可愛いのがいっからな」
「へ? なんか飼い始めたりでもしたのか?」
「……なんでだよ」
「可愛いのっていうから。猫でも飼い始めたのかと思って」
 ぬいぐるみなんかがあるわけねぇだろうし、と言う子供に乱菊は爆笑し冬獅郎は額に手をやった。
「い、一護アンタ最高……っ!!」
「は!? え、な、なんだよっ!? なんか変なこと言ったか!?」
「ほんと、お前って可愛いヤツだよな……」
「うぇ!? っ、てもしかして俺のことかソレ!!」
「あはははははっっ!! お、おそ……っ!!」
 腹を抱えて笑い転げる乱菊と口端を上げる冬獅郎に、一護が顔を赤く染める。そうして、乱菊が煎れた茶が冷めかける頃、ようやく笑いの発作が治まった彼女が菓子器を机に乗せる。
 それを見やって、暫らくぶすくれていた一護がきょとりと目を瞬かせた。
「どうしたんですか、これ」
「現世に行ったうちの隊士のお土産よ。嫌いだった?」
「いや……好きだけど」
 なんか珍しいなと思って、と呟く一護がそれを摘み上げる。丸く少しふっくらとした、パステル色のそれに冬獅郎は首を傾げた。
「なんだそれは?」
「マカロン。最近人気なんだよな、これ」
 まるでおもちゃのようなそれをしげしげと見やって、いただきます、と一護は一口噛り付いた。淡い薄茶のマカロンはバニラだ。口の中に広がる甘味に一護が目元を緩めた。
「……うわ、今まで食べた中で一番かも。これどこのだろなぁ」
「箱あるけど、見る?」
「あ、うん」
 嬉しそうな一護の表情に、乱菊はこれを持ってきた隊士を心中で褒め称えた。今度飲みに誘おう、隊長の奢りで。そんなことを考えながら箱を持ってソファに座りなおし、一護へ箱を渡した。
「……DALL……ああ、井上が前に言ってたとこか」
「織姫が?」
「俺の幼馴染と買ってきたとか言ってた気がする」
 へー、と頷きながら今度はパステルピンクに手を伸ばす。乱菊も濃い茶のものに手を伸ばし、緑茶をすする冬獅郎へ声をかけた。
「隊長、食べないんですか?」
「何がどんな味なのかわからねぇ」
「あ、ならその緑のやつ食べろよ。確か抹茶のはず」
 一護が指差したパステルグリーンを、抹茶と言われて冬獅郎は摘んだ。どれもこれも甘そうではあるが、抹茶ならばそこまでではなかろう。口に放り込み咀嚼すると、抹茶の風味と不思議な食感が口に広がった。
「……味は悪かねぇが、なんだかおかしな噛み応えだな」
「んー、まぁ確かにな」
「えーこれ美味しいですよ! これはチョコレートなのね」
 きゃっきゃっとマカロンを楽しげに食べる乱菊と一護は、まるで甘味処を楽しむ少女たちのようである。
 再度菓子に手を伸ばそうとはせず、湯飲みを片手に冬獅郎は隣の子供を眺めた。



 甘そうだ、と思う。
 実際にも甘いのだけれど。
 成長期の、まだ薄い体。体格は出来上がりつつあるがもう少しで打ち止めだろうと思う。少なくとも、触れたことがある身としては。
 たったの十六年しか生きていない子供。死神である冬獅郎達から見れば子供も子供、幼児レベルの話だ。
 そんな少年に執着している自分が悪くないと思えるのに、驚いた。他の死神たちもこの子供を厭う者はあまりいない。むしろ邪魔者ばっかりで、そのことにはうんざりする。
 それと同時に、仕方がないかとも思うのだ。
 馬鹿でかい霊圧、力。人間でありながら死神でもある特異な存在。
 それなのに、子供の霊圧はどこか暖かく。
 例えば、剣八の息を詰まらせるようなものとは違う。普段穏やかな卯の花だとしても、解放すればこうはいかないだろう。卍解した姿はどちらかというと不吉めいたものを思わせるのに対し、子供の霊圧は強いけれど包み込むようなものだ。

 それはまるで、太陽の光のように。

 月を斬る刀を揮い、天を鎖す。月に牙を向け、天を衝く。
 斬魄刀が意味するものは月だというのに、子供自体の印象は天に昇る太陽に似るのだ。
 それは苛烈な陽射しではなく、大地を温めるような、穏やかさの。または、髪色がそう思わせるのだろうけれど、太陽が沈む前の空。夜に消える一瞬、最後の余韻のように広がる茜色。
 ああ、すると子供は太陽でも月でもなく、天(そら)の子供なのかもしれない。
 稀有な魂には陽も月も惹かれるのだろう。全てを凍てつかせる龍を身に飼う自分も、その暖かさに惹かれて。
 その光は冷たく凍ったこの魂を溶かすのだ。

 だから甘いのだろうか。
 肌が色づき、浮かぶ汗すらも甘く薫り。
 赤くなる唇は噛り付けば甘美の味。
 子供だからか、光だからか、はたまた甘いものを食べているからか。
 またはその全部か。
 それとも、愛しいと思う自分の心が甘く感じさせるのか。

 ――――どれであっても、最上級の甘味を手放すことは無いのだけれども。




「冬獅郎!」
「ん?」
「全然食べてねぇけどいいのか?」
「ああ。俺は気にせず食べてろ」
 甘くなったお前を食べるから十分だ、とまでは言わない。言わないが、笑みに隠した声を読み取ったのか、乱菊が顔を歪めて一護を同情するように見やった。
 泊まっていくのが解りきっているのだから焦る必要はない。じっくり甘くなっていくのを眺めるのは存外に楽しいもので。まぁ、自分の腕の中で甘くなっていくほうが好きではあるのだが。
「……たいちょー」
「なんだ」
「明日、アタシも一護に会いたいです」
「善処はする」
 こっそり紡がれた願いごとに形だけの応えを返せば、乱菊はあーあと諦めのため息をついた。
「ん? どしたの乱菊さん」
「何でもないわ。……一護、あと全部食べていいわよ。今のうちに糖分とって、体力付けておきなさい」
「なんで?」
「いいから」
 不思議そうに首を傾げる一護を促し、乱菊は何かを流し込むように勢いよく湯飲みを傾けた。
 菓子器に残された菓子を見やり、一護は暫し思案すると冬獅郎へと向き合う。こちらへ向いた一護に冬獅郎もまた視線を合わせた。
「どうしたんだ?」
「冬獅郎、さっきの一個しか食ってないだろ? もう少し食べろよ」
「気にすんなって言っただろ? いいから食っとけ」
「じゃあせめてこれだけでも!」
 何をそんなに必死になっているのか解らないが、これ以上断っても同じことだろう。そう思い肯定を示すように息を吐けば、目の前に突き出されたものにほんの少し固まった。
「……あ?」
「これならいいだろ? レモン味」
 パステルイエローの菓子を口元に近づける、指。
 乱菊が視界の端で少し驚いたように目を瞬かせている。一護は無意識なのだろう。むしろ気付いていないといったほうが正しいだろうか。
 これは俗に言う『はい、あーんv』の体勢なのだが。
 …………馬鹿な子ほど可愛い、というがそれは確かなのだろう。

 あぁ、まったく。
 どうしようもなく、甘い。

「ほら!」
 口元に近づけられる菓子から漂う甘い匂い。
 けれども、柔らかい笑みで促してくる子供こそが。
「……ああ」
 フッと笑みを口に浮かべて、菓子を持つ手をとる。
 え? と目を瞬かす子供に頓着せずに菓子に噛り付き――――二口目は、その指先ごと口に含んだ。

「……っ!!」
「……甘い、な」

 指先についた菓子屑を舌で舐めとって、ちゅ、と軽く音をたてて口付け手を離す。
 途端に手を引き寄せ、ぱくぱくと口を開き真っ赤になる子供が可愛くて愛おしくて笑う。そんな冬獅郎を乱菊は呆れた様子で見やった。
「……たいちょー、目の毒です」
「お前しかいないんだからいいだろ」
「一護がかわいそうじゃないんですかー?」
「見られなくていいのか?」
「いえ、非常に眼福ですけど」
 写真にでも撮っておきたかったくらいです、と呟く乱菊にそうか、と動じた様子もなく冬獅郎が返す。
 自分以外まったく気にしていないその場の空気に耐えられず、一護はソファの背もたれへと突っ伏した。
「あら、一護ー? だいじょぶ?」
「まだ菓子は残ってるぞ」
「……〜っ、なんかもういいデス……」

 くぐもった声と、赤く染まった耳と首筋に乱菊と冬獅郎は笑って。
 残された菓子をひとつずつ摘んだ。

 ――――甘い甘い子供を、もっと甘やかすために。



“舌で溶ける甘さで、君を愛でて”