眩しく煌めくのは水面だけじゃなく。
 瞳を惹きつけてやまない、お前の姿。


a SeaCret possession mark




「一護ぉー、あんたまだ泳がないの?」
「あ、うん……。あのさ、冬獅郎は?」
「隊長なら海の家よ」
「サンキュ!」
 乱菊の言葉に顔をパァッと輝かせ、砂浜を駆けていく少女にルキアと織姫は苦笑する。
 まったく、可愛いことだ。
「まぁ、自覚がないぶん日番谷隊長の傍にいたほうが安心だが……」
「そうだね。一護ちゃん、すっごい見られてるの気がついてないし」
 日焼け防止のために上にパーカーを羽織ってはいるものの、パレオから伸びるすらりとした白い足は隠せない。
 健康的でありつつも、いかにも年若い少女といった生唾ものの肌に恋次や一角などが釘付けになっている。あからさまではなくとも、他にも数名がちらちらと視線を泳がせているその様子にルキアはため息をついた。
「まったく……一護はもう少し自覚をするべきだ」
「けっこうわかりやすくアタック受けてるのにねぇ」
「自分が女だという自覚すら薄いからなアヤツは」
 なにせ、女性だということを『ナメられる』からと言って隠したまま尸魂界に乗り込んできた少女だ。
 女性であるということを疎ましく思い、女性らしく振る舞わずに育ってきた彼女は、自分がもう立派な『女性』として認識されていることすら気付かない。
 それでも、尸魂界で出会った想い人によって随分改善はされたのであるが。
「しかも、それ以前の問題で他人からの好意にも鈍いし」
「可愛らしいといえば可愛らしいのでいいのですけれど、少々問題ではありますね。危機感に薄いという点では」
「男が野獣だって知らないものねぇ」
 ルキアと織姫に乱菊と七緒が近づきつつぼやく。
「ただでさえ、理性的な……と、いうか狡猾なウチの隊長と付き合っちゃってるわけだし? しかも一護強いから、襲われるとかはまだまだ理解するには難しいでしょうしねぇ」
「日番谷隊長と付き合いだしてからは、少し身の危険というものを察知し始めるようになったようですが……」
「それもどちらかというと野生の本能に近い感じだもんね」
 周りの視線を集めていることにも気付かず、ただ愛しい人へ一直線に向かっていく少女の姿を卯の花や浮竹は笑みを浮かべて見送った。

「冬獅郎!」
「……どうした、一護」
「……大丈夫か? お前」
 海の家のなか、常には無い気怠い様子でテーブルに寄りかかる冬獅郎の姿に一護は眉を潜めた。夏には弱そうだと思っていたが、ここまでだとは予想外である。
「まぁ、どうにかな……」
「でも具合悪そうだし」
「これくらい平気だ。……暑いのが得意じゃねェのは確かだけどよ」
 ため息をつきつつ呟く冬獅郎の横に腰を下ろし、一護はその顔を覗き込む。
 心配がありありと解る顔に、冬獅郎は苦笑しながら手を伸ばし橙の髪を撫でた。
「ンな顔しなくても大丈夫だっての。気にしないで行ってこい」
「でも……」
「お前がいないとアイツらもツマンネェだろ。いいから行ってこいよ」
「……でも、冬獅郎寂しくねェか?」
 困ったように紡がれた言葉に思わず目を瞬かせる。
 頭を撫でる手を止めて、そっと目を伏せて――――冬獅郎は心細そうな顔を“わざと”作った。

「……寂しい、って言ったら……我が儘になっちまうだろ……?」
「……っ!!」

 まるで小動物のような愛らしい仕草に、キュン! と一護の胸が高鳴り体が震えだす。
 その時、戻ってこない一護を呼びに来たのであろう恋次たちを目に止めた。
 こちらへ近付いてくる男らと目が合う。声をかけようと口を開く彼らへと、冬獅郎は一護に見えぬようにニヤリと笑みを浮かべてみせた。

「!? 日番谷たい……」

「あーっ!! 冬獅郎可愛い可愛い可愛いかわいいぃぃぃぃ!! も、ちょ、ムリっ!! こんな可愛いの放っておけるかぁぁぁぁっっ!!」

 ガバッ! と勢いよく抱きついて、一護はギュウゥッと冬獅郎を強く抱きしめた。
 可愛い可愛い! と連呼しながらぐりぐりと小さな体を抱きしめる一護を見やり恋次たちは冷や汗を浮かべる。
 彼女の腕の中。パーカー越し、小さいとはいえど柔らかな膨らみに埋もれる上司が――――こちらを見て凄絶な笑みを浮かべていた。

 策士だ! わざとだ! 見せつけだ!!

 冬獅郎を抱きしめ、メロメロになって満面の笑みを浮かべる一護はとても可愛い。
 とても可愛いが、が、その中にいる少年の姿をしたものは決して可愛らしくなぞまったくもって、ない。むしろそれは兎の皮を被った狼である。

「やっぱ俺も冬獅郎とこっちいる!」
「いいからちゃんと遊んで来いって。俺も後から行くから」
「でも……!」
「それに……本当は、寂しいのはお前のほうだろ?」
 ニヤ、と笑う冬獅郎に一護の顔が真っ赤に染まった。
「な……っ!」
「ん? 俺がいなくて寂しいんじゃねェのか?」
 ニヤニヤと揶揄うように笑みを浮かべる冬獅郎に、一護は「あ、う、う……」と言葉にならない声を漏らす。
 ん? と顔を覗き込み問いかける冬獅郎に耐えきれなくなったのか。一護は首まで赤くさせながら、再度ぎゅうっと冬獅郎を抱きしめ胸に押し付けた。
「むぐ、」
「さ、寂しくなんかねェ!」
「む……」
「ルキアも井上も乱菊さんも七緒さんもやちるもいるんだからな! 寂しくなんかねェよ! ……で、でも冬獅郎が寂しいって言うなら、ここにいて、も……って、っ!?」
「…………」
 ジーッと何かの音がして、言葉を切り下を見た一護は絶句する。
 そこでは、中途半端に上げられていたファスナーを冬獅郎が――――口で下ろしていた。
「なっ、なっ、なっ!?」
「……これ、誰と選んだんだ?」
「い、井上とルキアと……」
「……ふぅん?」
 白にも銀にも見える水着の生地には、銀糸の縁取りと雪の結晶のような花の刺繍。
 解ってるじゃねェか、と冬獅郎はひっそりと笑みを零した。目の前の少女はその意図に気がついていないようだけれど。
「ちょ、とうしろー……っ!」
 今更になってやっと気がついたのか、慎ましやかな胸が冬獅郎の眼前に晒されていることに一護がうろたえ始める。
 真っ赤になる彼女が可愛らしくて、愛しくて、そして――――つい苛めたくなって。
 うっすらと笑みを浮かべた唇を、きめ細かな白い肌にそっと寄せた。

「っ!」

 途端、びくりと震えた体に笑みが深くなる。
 胸元の柔らかな膨らみへ唇を這わせれば、頭上からは焦る声が聞こえた。
「ちょ、やっ、冬獅郎……っ!」
 ちら、と視線を逸らせば呆然として固まる男たち。抜け殻のようなヤツらとは天と地ほどの差で、少女の傍にいられる優越感に身を浸して。

 ――――白い肌を、軽く吸い上げた。

「あ……っ!」
「……最近つけてなかったしな」
「ちょ、冬獅郎まさか……あーっ! うわ、ちょ、どうすんだよこれっ!」
 視線を下げて見えたものに一護は絶句したあと叫びだす。
 白い肌に残された、赤い痕。くっきりと胸元の谷間近くに浮かんだ鬱血に一護の顔がこれ以上ないほど真っ赤になる。
 茹で上がったような彼女を見上げて、冬獅郎は口端を吊り上げた。
「これで寂しくねェだろ?」
「っ!! ば、ばっきゃろーっ!!」
 悲鳴のような声をあげて一護はパーカーの前を掻き合わせると、ダッシュでその場から逃げ出した。
 死神化もしていないというのに、瞬歩並みの速さで駆けていく一護の姿は直ぐに見えなくなる。横をすり抜けていった一護を追うことも出来ずに、カチンコチンに固まった男たちを睨めつけて、冬獅郎はふん、と笑った。
「……あからさまに見るんじゃねぇぞ?」


 あれは“秘密”の所有印なんだからな?

 言外に『見ていたことを忘れろ』とのたまう冬獅郎に、更に凍りつく男たちの横を悠々と通り過ぎて、冬獅郎は海の家を出る。
 呆れたような視線を遠くから向けてくる乱菊の視線を無視して、愛しい少女の霊圧を探す。
 さて、怒っているだろう少女をどう懐柔しようか、と思案しながら、冬獅郎は楽しげに足を砂浜へ踏み出した。



“それは海の家の中での秘メゴト”