ある日、可愛い可愛い六つ下の弟が半泣きで家に帰ってきた。 「ど……」 どーしたってんだぁぁぁぁぁ!? A talking brothers 「どどどうしたんだよ一護!? 誰かにいじめられたのか!?」 もう高校生にもなる男を捕まえて“いじめられた”はないだろう。それは言っている自分でも解っていたけれど、気が動転していたのだ。 弟である一護は橙の地毛という派手な外見のせいか、不良連中に絡まれやすかった。 本人は至って真面目で成績優秀、一度話してみれば周りに人も集まりやすく大人にも好かれるのだが、如何せん見た目で判断する輩も多い。 そのため、今ではまだまだ成長途中の細い体に反して、腕っぷしはなかなかのものだ。 そんな弟なので“いじめられた”は到底あり得ない。体の何処かに怪我をした様子もないのだから、泣いているのはそんな理由じゃないだろう。 しかし、そう考えてみれば――――半泣きではあるが顔がいつもよりかなり赤いよう、な。 「海にい……」 「おう?」 普段ならば“アニキ”としか呼ばない弟が幼い時に使っていた呼び名を使っている。これは相当重症だ。 いったい何があったのかと首を傾げつつ、頭を撫でてみれば。 「とーしろーが……」 「うん?」 「ち、ち、ち、」 「ち?」 「ちちちち……ち、ちゅー、してきやがった……!」 「………………」 ちゅー、ってお前。 かわいいな、おい。 って。 「………………お?」 「と、冬獅郎、なんか最近変で、だから心配して部屋行ったらなんかおかしなことになってそんでそしたらベッドに押し倒されて……!!」 「…………」 ……あー、うん。 つまりは。 「とうとう冬獅郎も抑えがきかなくなったってワケか……」 「…………え」 ぽつりと呟けば一護がびっくりしたように目を真ん丸に見開いた。零れ落ちそうなくらいに見開かれた目は幼い時から変わらない。 そしてそれと同じくらい、隣家の兄弟の弟のほうである冬獅郎の一護への想いも変わらない。 知らなかったのは、気付いていなかったのは恐らく当人である一護だけだ。 「……え、ええええええっっっっ!!??」 そう言えば、一護は首まで真っ赤にさせてその場で呆然と立ち尽くしてしまった。 「なー、冬獅郎がとうとう一護に告ったってお前知ってた?」 「…………は?」 ひらり、と開いていた窓からお邪魔すると隣家の兄のほうは眉を寄せてこちらを見やった。 「いやー、やっとかって感じだよなぁ。周りはほとんど気が付いてるっつーのに、一護さっぱり気が付かねぇんだもん。なんか理性の限界振り切ったって感じで可愛いけどよ」 「……冬獅郎が何かしたのか」 「一護いわく“ちゅー”されたらしいぜ?」 「…………」 一護が言ったように幼いニュアンスで伝えると、兄のほう――――白哉は思わず顔を掌で覆う。 その様子を見つつ海燕はカラカラと笑いながら腕を組んだ。 「いやー、でも冬獅郎も良く我慢した! 苦節十数年、このままどうなんのかと思ってたけど、とりあえずは一歩前進したな!」 「……一護はどうしている」 「家で布団ひっかぶってバタバタぎゃーぎゃー喚いてるぜ」 「…………」 「ンな顔しなくても大丈夫だっての。どうなるにせよ、あの二人ならちゃんと収集つくはずだろ?」 「……冬獅郎はともかく、一護は」 「アイツもそんなヤワじゃねェよ。……年長組は、大人しく見守っておこうぜ?助けが必要な時だけ手助けしてやりゃいーんだよ」 「あの子らに甘いのは貴様のほうだろうが」 弟と妹二人を溺愛してやまない海燕に向かって、白哉は呆れたようにため息をつく。 実際、幼い頃から冬獅郎に構っていたのはほとんど海燕であり、白哉はどちらかというと一護と隣家の妹二人、夏梨と遊子に懐かれていた。 もちろん一護も海燕に懐いていたが、冬獅郎はといえば年長二人組に懐くよりも一護にべったりだったのだ。思えばあの頃から二人はずっと一緒だった。 そんな成長した冬獅郎の気持ちに一番最初に気が付いたのは海燕で。 白哉も直ぐに気が付き、今では夏梨も感づいているらしい。 それくらい冬獅郎の片想いは長く深く――――その間に兄二人がくっついてしまったほどだ。 ため息まじりの白哉の言葉に、海燕はニィと笑みを浮かべた。 「まァ、確かに俺はアイツらに甘ぇけどよ……一番甘くしてるのはお前にだぜ?」 「ッ、海燕!」 そっと後ろから包み込むように回った腕に、白哉は肩を僅かにひきつらせた。 囁くような声音は甘く――どこか艶めいていて落ち着かなくなる。 それを咎めるように名を呼べば、くくっと喉の奥で笑う気配がした。 「だってそーだろ? 恋人に甘いのは当然じゃねェか?」 「……私は貴様に甘くないぞ」 「いいんだよ、その代わり俺がお前を甘やかすから」 ぎゅっと甘えるように抱きついてくる海燕に、白哉は再度ため息をつく。 甘やかしているつもりはないのに、気が付けば許容してしまっている。行動と言動が伴わない恋人にため息は溢れるように零れでた。 常日頃、甘えるように触れてくる海燕に――それこそが自分から触れられない白哉を解って、海燕から触れてきてくれているのだと気付いてはいるのだけれども。 まったく、何がどうしてこうなったのやら。 しかもどうやら冬獅郎だけは気が付いているようなこの状況に、白哉は隣家で混乱している一護を思って少しばかり同情した。 ……恐らく自分の弟が退くことはないだろう。白哉に抱きつく、この男のように。 そのうち訪れるであろう未来を思って、白哉は深く深く、何度目か解らぬため息をついたのだった。
“結末を知らぬは本人ばかり” |