世の中に、カワイイモノはたくさんあって。
 似合わないと解っていても、スゴく好きで。
 だから、彼に惹かれたのも

 また、必然なのかもしれない。



And the dice was thrown




 騒動が一応とはいえど一段落つき、負傷したもの達の具合も良くなったころ。
 今回の騒動で健闘した旅禍たちと改めて顔合わせをしようということになり、一護たち一行は一番隊へと招かれた。

「なんか堅苦しそうだな……」
「でも、もうほとんどの隊長さん達とは知り合いになってるし。そんなに緊張しなくてもいいんじゃないかなあ?」
「僕は別に死神と顔合わせなんてしたくないって言っているのに……」
「……ム」

 各々好き勝手に言いつつも、これからのことを考えれば仕方が無かろうと居住まいを正す。
 藍染たちの目的を考えれば、自分たちだって無関係じゃいられないだろうし、そうなればこの先関わり合いになることもある。
 前を見据えて、開かれた扉へと四人は足を進めた。

「来たようじゃな」

 正面に杖を突いて待つ、山本総隊長へ一礼し周りを見回す。
 順々に並んでいる隊長、そしてその後ろにいる副隊長たちにほんの少しホッとした。隊長格はともかく副隊長は知っている面々のほうが多い。
 やちるが無邪気に手を振ってくるのに織姫が微笑み、その隣で一護が何故かびくっと肩を震わせた。
「素直になればいいのに……」
「うっせえ!!」
 それを見咎めた石田が呆れたように呟くと、一護が小声で反論を返す。
 二人のやりとりに、織姫は苦笑した。

「井上織姫です!」
「石田雨竜。滅却師だ」
「茶渡、泰虎だ」
「……黒崎一護です」
 名前を、と促されて口を開く。
 滅却師の言葉に一瞬ざわつきが起きるも、総隊長が咳をしたことにより直ぐに静まり返った。
「……お主等が旅禍としてここに入り込み、混乱したことは事実じゃ。しかし、お主らがいなければ被害は更に甚大になっていたかもしれぬ。藍染らの企みを止めることは叶わんかったが……礼を言わせてもらおう」
「い、いえ! あたしは朽木さんを助けたかっただけで……!」
「俺たちも……結構やらかしたしな」
「……ム」
「……ふん」
 考えてみれば隊長を数名ズタボロにし、副隊長らを退けたことで瀞霊廷、護廷内に隙を作りだしてしまったのはこちらのせいだ。
 そう言っているにも関わらず、頭を下げた総隊長以下、隊長や副隊長たちに苦笑を返した。
「では、簡易ではあるがこちらの隊長以下副隊長たちを紹介しようぞ」
 隊長の離反、副隊長は重傷となっている五番隊を覗き二番隊から順に名が名乗られていく。
 七番隊になった時、一瞬だけ揺らいだ霊圧に心底呆れた顔をした石田へ一護はばつの悪そうな表情を浮かべた。
「……いい加減諦めたらどうなんだい? 別にバレてもいいじゃないか」
「イヤだ。……ぜってぇ馬鹿にされるに決まってる……」
「そう思うならわざわざ隠さなくてもいいじゃないか。それに、もうひとつ隠してることもあるだろう」
「……だって恋次とか白哉とか、剣八たちだって気付かなかったんだぜ? だったらこのままでも別に……」
「四番隊の人達は知ってるじゃないか」
「あれとこれとは別だ!」
 小声でひそひそと交わす会話の不毛さに石田はため息をつく。
 ……どうせそのうちバレるのだろうから、今言ってしまったほうがいいと思うのだが。
 大体、今だって明らかに一護を見て意識している輩はいるのだ。それを考えれば面倒なことになる前にバレてしまったほうがいいはずだろうに。
 そう思いつつも、頑ななまでに拒む一護に石田は再度ため息をつく。
 ……その杞憂はすぐに終わることになったが。

「十番隊は隊長が未だ静養中なため、副隊長のみとなる」
「十番隊副隊長、まつも……」

「――――十番隊隊長、日番谷冬獅郎だ」

「えっ、隊長!?」
 乱菊の言葉を遮った声に、乱菊はぎょっとして扉のほうを見やる。総隊長もそちらに視線をやり、そこにいた少年に声をかけた。
「日番谷隊長。体はもういいのか?」
「こんなときにおちおちと寝てられるかよ」
 扉を開いて入ってきた少年の姿に、織姫は目を丸くする。
「え、あんなちっちゃい子も隊長さんなの!?」
「見た目は幼くても死神だからね。僕らなんかよりもずっと年上だと思うよ」
「へー……」
「……井上さん。そんなにじろじろ見たら失礼だよ」
 興味津々に冬獅郎を見つめる織姫を石田はたしなめた。何でみんなこんなに落ち着きがないのだろうか……と、額を軽く抑える。
 ――――その時、突如隣で激しく揺れ出した霊圧に石田は乾いた笑いを浮かべた。

「ちょ……!?」
「一護っ!?」
「何でンな動揺して……」

「…………くろさき……」
「……っ……!!」

 周りが霊圧のブレにぎょっとするなか、織姫は苦笑し茶渡は心配そうに一護を見やる。
 石田が隣に目を向けると、一護は両手で顔を押さえてずるずると屈み込んでいた。
「黒崎?」
「一護?」
「石田、一護どうしたんだ?」
「…………なんていうか、一種の病気かな」
「いち……じゃなかった黒崎くん、大丈夫?」
「……悪い、じーさん。俺のことは気にしないで続けてくれ……」
「そうは言ってもじゃな……。体調がまだ優れぬようならまた後日にするが」
「いや、ほんとなんでもないんで気にしないでクダサイ。ほんとにマジで気にすんな」
 もはや必死と言えそうなほどの剣幕で言い募る一護に、死神達が困惑する。
 その困惑を向けられた現世組は、皆どうしたものかと顔を見合わせた。
「…………おい」
 そんななか、扉から現世組へと冬獅郎が近寄る。
 あ、と何故か少し慌てる織姫らに首を傾げつつも、冬獅郎はへたりこんだままの一護の前に立つと腕を組み茜色の髪を見下ろした。
「おい。黒崎一護、だったな?」
「…………ハイ」
「お前は藍染に深く切り裂かれたと聞いている。まだへたりこむほど具合が悪いなら、無茶をするな。自分の体調ぐらい管理しろ」
「…………ハイ」
「……本当に大丈夫なのかよ。悪いこた言わねぇから、もう少し休んで――――」
「うああああぁぁぁもう!!」
「!?」
 突如叫びだした一護に再度周りがぎょっとした。目の前にいた冬獅郎も突然の声にびくっと肩を引きつらせて、胡乱げな視線を向ける。
 頭をかきむしってぎゅっと縮こまった一護に、織姫は苦笑し隣にしゃがみこんだ。
「黒崎くん、もう諦めようよ。我慢しても体に毒だよ?」
「……でも」
「潔く諦めたらどうなんだい? それに、何かあったら僕たちが何とかするさ」
「うううう……」
「……一護」
 一護とその仲間達の会話に皆が頭の上に疑問符を浮かべる。
 そんな中、茶渡が肩を叩くと一護は暫しためらった後、恐る恐る顔を上げ――目の前にいた冬獅郎を凝視した。

「……っ!!」
「?」
「か」
「か?」

「……っ、か、かわいいぃぃぃぃぃ――っっvv」

「うわっ!?」
 突然抱き締められて、冬獅郎は勢いのあまりすっ転んだ。
 飛びつくようにして胸に小柄な体を押し付け、一護は冬獅郎を満面の笑みで抱きしめる。
「あああもうすんごいかわいい!! 小さいし目は綺麗だしなんかミニチュアみたいだしかわいいかわいいかわいいぃぃ!!!!」
「……オイ……」
「ちょうど、この腕に納まるサイズってのが……っ!! あーかわいいし色彩は綺麗だし、ほんとお人形さんみたいーっ!! 超可愛いマジ可愛いー!」
「…………えぇ、と」

 『かわいい』を連発され、怒りのあまり霊圧が上がっていく冬獅郎を気にした様子もなく抱きしめる一護に、死神達は皆例外なく固まっていた。

 …………誰だ、これわ。

「……い、石田」
 説明を求める恋次に石田はフッと笑い遠くを見やる。
「…………黒崎は、無類の可愛いもの好きでね……」
「自分の好みの可愛いものを見つけると、ああやって暴走しちゃうんだよ、ね……」
「…………ム」
 三人も初めて見た時は衝撃を受けたものだ。あれだけ普段の性格と様変わりすれば驚かないはずがないが。
「山本のじいさん! 俺これ欲しい! 持って帰っちゃ駄目か!?」
「…………一応、そやつは十番隊隊長なのでな……」
「ちゃんと世話するし!!」
「俺は犬か猫か……?」
 目をキラキラさせてねだってくる一護にうっかりほだされかけつつも、山本はこほんと咳をする。
 冷え冷えとした空気を醸し出していた冬獅郎が、次第に額へ青筋を浮かせ始め――――ていたのだが、彼は何故か不意にピキリと固まった。
「……隊長?」
「………………ちょっと、待て……」
 乱菊の声にハッと我に返った冬獅郎は、暫しして一気に顔を真っ赤に染め上げる。
 そんな冬獅郎の変化に呆然としていた周りが更にぎょっとした。
「日番谷隊長!?」
「ちょ、隊長いったいどうし……」
「黒崎! お、おおお前今すぐ離せ!!」
「へ? 何で?」
「ばばば馬鹿やろう! だ、だってお前……!?」
「……黒崎、離してあげたほうがいいと思うよ」
「うん……。さすがに、そんなに胸に押し付けられたら……」
「……ああ」
「?」
 冬獅郎の慌てっぷりに、石田がため息をつきながら一護へ制止をかける。織姫も顔を赤くさせ目を逸らしつつ呟き、茶渡も同意した。
 現世組の哀れみのこもった視線に首を傾げつつ、一護は冬獅郎を離す。
 腕が離れた瞬間、冬獅郎は瞬時にその場から跳び退った。
「隊長、どうしたんですか?」
「黒崎、お前……!!」


 ――――女だったのか!?


「…………え」


 えええええぇぇぇぇぇぇっっ!?


「え、よく解ったな」
「解らないわけないだろうが! あんなに押し付けられりゃ!!」
「あー、でも俺あんまり胸ねぇし」
「十分あった!」
 もはやセクハラすれすれの発言を言っていることにも気づかないまま、冬獅郎は叫ぶ。
 しかしそんな彼の動揺よりも酷く狼狽する者が数名。
「い、一護がオンナ……?」
「黒崎が……」
「あー、だから切った時の手応えが違ったのか」
「いっちー女の子だったんだー!」
「いや、さっぱり……ってわけでもないけど、そうだったんだ」
「享楽、気がついていたのならもっと早く……!」
「いや、気がついていたわけじゃないよ。可愛い子だなーと思ってただけで」
 飄々と笑う享楽に浮竹は頭を押さえた。
 恋次は呆然、白哉は固まり剣八は納得、やちるは笑う。
 その他の隊長、副隊長たちは四番隊を除きまじまじと一護を見つめていた。
「う、卯の花隊長は気がついて……」
「治療をする時に見させて頂きましたから」
 澄まして笑う卯の花に吉良が顔をひきつらせる。
「だ、だからルキアがあれだけ怒ってたのか……」
「…………人間、しかも女の身であれほどの力とは……」
「面白ぇますます気に入ったぜ一護! 俺と斬り合え!」
「それだけはノーサンキューだ!!」
「あ、更木隊長さーん。幾ら一護ちゃんが強いからってまたあれだけの傷負わせたら……」

 ――――怒りますよ? 

 と、織姫が底の知れない、威圧するような笑顔を浮かべる。
 その笑顔に逆らっていけないものを感じて、剣八は若干後ずさった。

「あ、もしかして本当はいっちーのことそう呼んでるの?」
「うん。でも一護ちゃんがここにくる前に、女の子ってことは内緒にしてくれ、って言ったから……」
「別に隠さなくても、いつも通りにしていれば十中八九ばれないと僕は思っていたけどね」
「バレてナメられたらいやじゃねぇか」
「死神は実力主義だから男女関係ないって言っただろう?」
「女扱いされるより男扱いされたほうが気が楽だ」
 平然と言う一護に、石田はもはや何度めかも解らぬため息をつく。
 ……女の子扱いしたくても、出来ないのは彼女自身が嫌がるからだ。石田は、一護をちゃんと女性として見ているというのに。
「十分女の子らしい面はあるだろう?」
「別に無い」
「……可愛いもの好きっていうのは違うのかい」
「う」
 石田のツッコミに一護が唸る。
 そんな二人のやり取りを目の当たりにしつつ、周りの男性陣がほぼ動揺しきっている中で、不意に乱菊が一護に近寄った。
「ちょーっと失礼、黒崎」
「へ? っ、ひゃっ!?」
 むぎゅ、と目の前から胸をわし掴む乱菊にまたもや男性陣が硬直する。
「ちょ、乱菊さんっ!」
「んー……確かにそんなに無いっちゃ無いわねぇ……」
「ぁ、ひゃんっ!」
「お? 感度は良好そう?」
「ぁ、っ! や、ちょ、やめ……っ!」
 繰り広げられる、ピンク色の世界に数名を除き男性陣が慌てて目を逸した。
「……一角さんとかも知らねぇんだろうなぁ……」
「だろうな……」
「檜佐木先輩は知ってましたか……?」
「知るわきゃねぇだろ……!」
 もはや傍観することしか出来ない状況に恋次や吉良達は少しばかり意識を飛ばす。
 さすがの石田も言葉が出ない中、満足したのか乱菊が一護から手を離した。
「んー……まぁちっさいちゃ小さいけど、まだまだこれからよ! 織姫なんかは規格外だし!」
「…………乱菊さん……」
 肩を叩き笑顔で励ましてくる乱菊に、ぜぇぜぇと息を荒げていた一護は肩を落とす。
「……松本」
「あら隊長。戻ってきました?」
 今の今まで固まっていた冬獅郎に声をかけられ、乱菊が振り向いた。
 その横でショックから立ち直ったのか、未だ目をキラキラさせながら一護が冬獅郎を見つめる。……わきわきと動く手がいささか怖い。
 しかし、何となく――――本当に何となく、また抱きしめられても恥ずかしいだけで嫌なわけではないことに、気がついていて。
 頭痛を堪えるように額に手をやり、冬獅郎は深く深くため息をついた。



 その後、護廷内に一護が女であることが知れ渡り、追っかけが増すのと。
 隊長格数名が猛烈なアタックを彼女にかけ、一護が尺魂界にくるたびに毎回大騒動になるのは直ぐの話だ。


「とおしろーヘルプミー!」
「だぁぁぁテメェら仕事しやがれぇぇぇぇ!!」


 そしてその度に、避難場所として十番隊隊主室に死神代行の少女が入り浸るようになるのも、この二人の距離が近づいていくのも――――遠くない未来である。




“それはまだ、誰も知らぬ何時かの”