常々瀞霊廷で起こる騒動に、アイツの人気は解っていたつもりだったのだけれど。
　こうもあからさまだと面白くないのも、事実。




Get drunk’Get you




「たーいちょ！　飲んでます〜？」
「……松本」
「あらやだ。すっごい眉間の皺ですよー」
　酒宴の席なんだからそんな難しい顔しなくても！　と笑いながら言われるが、楽しそうな顔などできようか。
　眉間の皺を増やしながらすい、と視線をやれば更に気分は悪くなるというのに。
「アレを見せられて楽しめると思うか」
「あー、まぁそうですよねぇ。いっそのこと乱入してくればいいのに」
「できるか」
　楽しげに笑う乱菊を睨みつけて、冬獅郎は不機嫌そうに酒盃を煽った。


「一護！　これも飲んでみろよ」
「ん？　……お、旨いなこれ」
「だろ？」
「黒崎くん。これも食べていいよ」
「ありがとうございます、イヅルさん！」
「オラオラちびちび飲んでんじゃねぇよ！」
「うっわ酒臭ぇ！　絡むなよ一角！」
　ぎゃーぎゃーと騒ぐ一団の中心には鮮やかな橙色。
　死神代行を務める子供を取り囲むようにして、男女関係なく彼を構う様子を浮竹や享楽は微笑ましそうに見ていた。
　一護の両隣には付き合いの長いルキアや恋次がおり、正面にはイヅル、雛森たちが陣取り、皆に構われる一護をにこにこと楽しそうに見つめている。
　一護の背後からは早くも出来上がりかけている檜佐木や一角が顔を出し、かなり騒がしかった。
「駄目ですよ、檜佐木先輩たち。黒崎くんはまだ未成年なんですから」
「ンなの現世ではだろー？」
「イケる口なんだから多少ぐらい平気だろーよ」
「でも俺もうけっこう飲んでる……」
「バーッカ！！　そんなんじゃ飲んでるとは言わねぇんだよ！」
「お前ならまだイケるだろー？」
「俺はテメェらみてぇにべろんべろんになるまで飲みたくねぇんだよ！　絡むな酔っ払いめ！」
　があ！！　と一喝する一護に不満そうな顔で檜佐木や恋次、一角が絡む。べたべたと抱きついたり寄りかかったりする男等を雛森が呆れた目で見やった。
「あー、もうすっかり出来上がっちゃって……」
「一護くんがいるなんて普段はないからね。構いたくて仕方がないんだよ」
　その横で吉良は苦笑気味に自分の杯に口をつける。普段飲むものよりも上等で口当たりのいいそれに、思わず笑みを刻んだ。
「……ほんと、みんな構いたくて仕方がないんだから」

　隊長、副隊長、席官問わずの大宴会。とはいえ席官でもないのにいるのはルキアぐらいだ。
　彼女は一護と親しいために在席を許されているのであり、本来ならば席官にすらいない彼女がここにいるのは分不相応というものだ。けれども、この場の誰より彼との付き合いも、恐らく絆も深いだろう彼女がこの宴に招かれないはずがない。

　何しろ本日は七月十五日で――死神代行人、黒崎一護の誕生日なのだから。

　誰が聞いたのか知ったのかは、もはや解らない。
　ただ、水面下で密やかに流れていたその情報はいつしか公のもととなり、それを知ったお祭り騒ぎの好きな面々が黙っているはずもなく。
　夜半に自宅へ帰宅した彼を、半ば拉致するようにこちらへ引っ張ってきて、宴会へと引きずり込んだ。
　踏み入れた瞬間、一斉に放たれた『誕生日おめでとう！』の言葉に彼は呆けた顔をして――――そして、照れ臭そうに、嬉しそうに笑った。
　最初は主に彼と仲のよい副隊長たちが企画した宴会。
　それがいつの間にか隊長たちすら知るところになり、大規模なものへと展開した。並べられている酒や肴、食べ物の出資者にはそうそうたるメンバーが名を連ねている。
　そのために出される食物のほとんどが上物となった状況に、吉良は笑う。

　ここにはいない、数名の隊長たち。
　けれども実は彼らが一番出資しているだなんて、一護は知らない。
　別室の大部屋に所狭しと並べられた贈り物。
　まだ見せてはいないけれど、あれを見たら彼はどんな反応をするだろうか？
　ここにいない隊長たちが、隊士たちが、彼の来訪と誕生をどれだけ祝福しているか、彼は知らないのだ。

　太陽のような輝きは髪の毛だけではなく、魂から溢れる輝き。
　希有な気性、光持つ瞳。
　本来ならばこの世界に関わることのない彼と、こうして出逢えることができたのは幸いといっていいのだろう。
　掟や序列に縛られず、己がたてた誓いを真っ直ぐに見据え生きる姿は眩しくて。
　まるで存在するのが奇跡のような、子供。
　そんな彼に惹かれる者は少なくなくて、厭う者もほとんどいなくて。自分は他の数名のように恋焦がれてはいないけれど、好意を寄せているのは事実だ。
　それはきっと、たくさんの人にいえる。

「ねぇ、吉良くん」
「なんだい？　雛森くん」

　ふと、こそりと目の前の喧騒から目を逸らして声をかけてきた雛森を見やる。酒盃を持ち、頬をほんのりと色づかせた彼女はふわりと微笑み、内緒話をするように小さな声で呟いた。

「楽しい、ね？」
「……うん。楽しいね」

　ふふ、と笑う雛森に吉良も笑う。
　楽しい。楽しいのだ。
　皆が笑って、騒いで。流れる空気は穏やかで騒がしくて、でも楽しくて。
　こんな気持ちになれるだなんて、思ってなかった。
　己も隣の少女も、目の前の子供に絡む先輩も。楽しくて笑えるなんて、楽しいと思えるなんて、思っていなかった。

　こんなに優しい気持ちになれるのは、きっと。

　隣の雛森ともう一度顔を見合わせて、笑いあって。
　吉良は騒ぐ一護たちを穏やかな表情で見つめた。

　――――が。

「…………アレ？」
「い、一護大丈夫か！？」
「誰か水！　水持って来いぃぃっっ！！」
「……あーあーあー……」

　無理やり飲まされたらしい一護が、気分が悪そうに身を屈めており、その周りでバタバタと皆が騒ぐ。
　いつの間にか大変なことになっている状況に、吉良は呆れたように額を押さえた。



「……あら、大変だわ隊長。一護が……」
「あ゛ァ？」
　見ていれば機嫌が悪くなることは明白なため、意図的に視線を外していた向こう。いつの間にか中心の橙色が見えなくなり、騒いでいる一団に冬獅郎は眉間の皺を増やした。
「何やってんだアイツらは……」
　ルキアや雛森が傍にいるのだから、と目を離していたのが不味かったのか。享楽や浮竹がなんだなんだと見やっているなか、冬獅郎は杯を置いて立ち上がる。
　隣に座っていた乱菊もそれに合わせて立ち上がり、二人は一団へと近寄った。

「どうした。何かあったのか？」
「あ、シロちゃん乱菊さん！」
「日番谷隊長だ！」
　声をかけると、真っ先に顔を上げた幼なじみに怒鳴る。しかし、見上げてきた顔の中心、大きな瞳が涙で潤んでいるのに眉を潜めた。
「いったい何があったってんだ？」
「あ、それが一護がちょっと飲み過ぎたらしくて……」
「……おまえ達も、もう少し考えて飲ませろ。主役に苦しい思いさせても仕方ねぇだろうが」
「はい……」
　もっともな言葉に恋次や檜佐木がうなだれ、ルキアが眉を釣り上げる。
　だから止めたのだ！　と雛森や乱菊と共に恋次たちへルキアが説教をする横で、冬獅郎は具合が悪そうに障子に寄りかかる一護へ声をかけた。
「……大丈夫か、黒崎」
「うー……」
　返ってくる唸り声にため息をつく。
　大丈夫なんかじゃ、ない。
　どうしたものかと考えつつ隣に座る。すると、説教をくらいつつもめげずに戻ってきた恋次たちが一護へと声をかけた。
「一護、とりあえず休めよ。俺が連れていってやっから」
「待て恋次。お前はまだ飲んでていいぜ、俺が連れてってやる」
「先輩もいいですよ。僕が連れていってあげますから」
「いや、ここは一番付き合いの長い私が連れて行きますのでお気になさらず」
「朽木さんこそ大丈夫だよ。私ならお酒あんまり飲んでないから、私が」
「……………………」
　一瞬の静寂の後、冷たい空気がその場に流れる。
　名乗りを上げた数名と、更に周りにいたもの達の間で火花が飛び散ったかのように見えた。
「――――私が一護を連れて行きます」
「ばぁかルキア、お前じゃ一護抱えていけねぇだろうが」
「何を言っている。私は何度も一護の体を支えたことがあるぞ！」
「恋次、ここは先輩に譲れ」
「こればっかは無理っス」
「先輩こそ後輩に譲るべきじゃないですか？」
「そうですよ。それに黒崎くんだって、どうせ看病してもらうなら女の子のほうがいいと思います」
　使う言葉は穏やかに、その実背後には竜虎が見える会話に乱菊が噴き出すのを必死で堪えている。
　それを横目で見やって冬獅郎はため息をついた。
　……どうやら己の存在は度外視されているらしい。
　笑う乱菊に苛立ちつつ、徐々にこちらに迫ってきた一団に何度目かも解らぬため息をついた。

「シロちゃんそこどいて！」
「日番谷隊長！　そこを通してください！」
「こうなったら一護に選ばせます！」
「……テメェらちょっと頭冷やせ」
　迫る彼らに呆れた顔で言うものの、抑止力は無いに等しい。だんだん上がっていく冬獅郎の霊圧にすら気づかないくらいだ。
　そんな彼らを横目に見つつ、乱菊が面白がりながら酒杯を煽っていると、ふと一護の体が揺れた。
「あら？　大丈夫なの一護？」
「一護！！」
「大丈夫か！？」
　途端にガバッ！　と身を乗り出すように一護に近付く恋次たちに、冬獅郎の額に青筋が浮かぶ。
　押しつぶされそうな体制に怒鳴ろうと口を開こうとして――――。


「だぁめぇぇぇぇぇぇぇっっっ！！！」
「う、わっ！？」

　突如として叫んだ一護に、抱きつかれた。

「い、一護っ！？」
　叫びながら冬獅郎へと抱きついた一護に恋次や檜佐木たちがぎょっとする。
　あらあら、と乱菊は目を丸くしたあと笑みを浮かべ、ルキアは何か感づいたように眉を寄せ、雛森はあーあと呟いて同じくため息をつく。
　しっかりと冬獅郎へと腕を回す一護に、恋する男たちは皆一様に悲鳴に近い声をあげた。
「一護……酔ってんのか？」
「うー……」
　小さく唸りながら一護がのろのろと顔を上げる。そこに晒された顔に、一部の男達が撃沈した。

　紅く色付く蒸気した頬。
　微かに開かれ、舌が見える唇。酒で酔っているせいで、とろりと潤んだ瞳。
　……まるで、色事の最中のような表情。

　そんな一護に吸い寄せられるように、ふらふらと立ち上がり近付いて――――キッと睨みつけてくる視線にたじろいだ。
「やぁだぁぁぁっっ！！」
「うぇ！？」
「ど、どうしたんだよ……？」
　己の前にいる冬獅郎へしっかりと抱きつきながら、一護はまるで子供のように拙い口調で叫ぶ。
「だめ！　ちかづくなぁ！！」
「い、一護……？」
　まるで猫が威嚇するかのようにピリピリと霊圧をあげていく一護に、恋次たちは困惑した。
　騒動を面白がって、遠巻きに見ていた享楽や浮竹達も驚いたように顔を見合わせる。
「一護？」
「やぁー！！」
　何がだめ、なのだろうか。うりうりと懐くように冬獅郎に擦りよる姿に、恋次たちは少しばかりムッとする。
　そんな可愛い仕草で自分以外の人間に抱きついてくれるな……！　と、相手が冬獅郎でなければ騒ぎ出すところだ。
　相手は隊長、相手は隊長……、と念じながら(それでも無意識に睨みつつ)どうしようかと思案する。
　自分たちはただ、想い人を介抱したいだけなのに――――。



「とーしろーはおれのなの！　だれにもやんねーかんなあぁぁーっ！！」



「「「「………………はい？」」」」
「あら、とうとう宣言したわね」
　――――長かったわーと暢気に呟く乱菊の声が、静まり返った部屋に響いた。

「ら、らららら乱菊さん……っ！？」
「ま、待て一護！　お前、まさか……っ！」
「やぁーっ！　ちかづくにゃぁ！」
「にゃあってお前……っ！」
　ぎゅうぅぅっと冬獅郎に抱きつく一護の姿に皆が呆然とする。
　蒼白になった数名と、ニヤニヤと薄笑いを浮かべる乱菊を見回して、冬獅郎はため息をついた。
　腰に懐く一護の頭に手をやり撫でてから、体を屈めて擦りよる体躯に腕を回す。
「……松本」
「はい？」
「後は任せたぞ」
「はーい。……戻ってきます？」
「……そうだな、」


“一護”が戻らせてくれたら、戻ってくる。


　そう言って冬獅郎は、くてんと力の抜けている一護を抱えると部屋を出て行く。
　残された面々は茫然自失状態でそれを見送った。

「………………え、っと」
「……一護、って……」
「……名前で、呼んでたっけ……」
「そんなの、」
　呆然とする幾名に、乱菊がニッコリと微笑みながら言い放つ。

「付き合ってるからに決まってるじゃない！」


　――――部屋を出て数秒後、聞こえてきた阿鼻叫喚の悲鳴に冬獅郎はため息をつくしかなかった。







「……んー……とーしろー……」
「…………まったく」
　俺以外にまであんな顔、見せてるんじゃねぇよ。

　部屋につき、器用に抱き抱えたまま布団を引っ張り出すと、その上に一護を横たえる。
　とろん、と酒に酔った瞳で見上げてくる恋人に思わずため息をついた。

　……そんな気はない、と解っていても。
　これは勘弁してほしい。

「誘ってんのかよ……」
「？　なに？」
「なんでもねぇ」
　常ならば絶対にしない仕草で首を傾げる姿に、理性がぐらぐらと揺れる。そんなに酒をいれたつもりはないが、やはり少しばかり酔っているようだ。
「とーしろー……」
「ん？」
　ふにゃりと相好を崩す一護が冬獅郎に手を伸ばす。
　応えるように身を屈めると、首に甘えるように抱きつかれすり寄られた。
「……………………」
「ん〜……とーしろーのにおいー……」
「………………お前な」
　首筋に鼻を埋めて、まるきり猫のように懐く一護に眩暈がしてくる。

　人が、これだけ必死で我慢しているというのに……！！

　常にはない媚態、甘えるような表情。
　情事の時にさえ追い詰めて鳴かせて、ようやく見られるような仕草に熱が灯る。
　……ただでさえ、今日は傍にいられなくて。
　触れたいと願う欲は増えてばかりで、体の奥でくすぶっているというのに。

　愛しい愛しい恋人の誕生日。
　本当ならば二人きりで祝いたかったけれど、早くに進行していた宴を妨げるのは憚られた。
　たくさんの人間が、この子供を祝福したいということを。
　子供が愛されていることに独占欲を焦がしつつも、それでも、子供の幸せを考えれば壊すことはできなかった。

　……だから邪魔しないよう、敢えて遠ざかっていたというのに。
　今だって本当は押し倒したいのをかなり我慢しているのだ。

　お願いだからこれ以上煽ってくれるな……！ と念じながら、冬獅郎は一護を引き剥がそうとした。

「ほら、酔っ払いは早く寝ろ……」
「むー……あ、」
「あ？」

　ちゅっ

「………………あ？」
「えへへ〜」

　うばっちゃったｖ

「…………阿呆」


　ああ奪われたよ何だよちゅってつーか一護からのキスって初めてじゃねぇかそんな満面の笑みでキスってお前こん畜生可愛いじゃねぇかぁぁぁぁぁ！！！！


「とーしろー？」
　黙り込んでしまった冬獅郎に、一護が首を傾げる。
　酒で潤んだ琥珀色の瞳が冬獅郎の顔を覗き込み、朱い唇が近くにあるのを見て。

　――――ぶつり、と何かが切れた音がした。

「…………一護」
「ふぇ？」
「誘ったのは、おまえだからな」
「さそ……ふ、ぁっ！」
　問答無用、と一護を布団に引き倒し顔をこちらに向かせる。誘うような唇に、食らいつくようにキスをしてやれば大人しくなり首に腕まで回してくる。
　それを勝手に了承の合図だと受け取って。

「……一護」
「ん、ふぅ……っあ、な、に……？」
「言ってなかったからな。――――誕生日おめでとう」
「……あり、がと」

　嬉しそうに微笑んだ子供の体を強く強く抱き寄せて。
　あとは二人、熱に溺れるだけ。





　翌朝目覚めた一護が、酔っていたときのことも全て記憶していて。
　羞恥のあまり布団から出て来ずに冬獅郎を困らせるのは、また別の話。




『うわー……すっげぇ。これ、全部俺に？』
『らしいな』
『嬉しいけどよ……。これ全部現世持って帰るのは大変だなぁ。どうしよ』
『うちに置いておけばいいだろ』
『え？』
『お前にとって、うちはもう一つの家みたいなもんだろ？』
『……うん、ありがとな』

『…………』
『…………』
『…………』
『もう諦めなさいよねー、アンタたち。勝ち目なんて万に一つもないんだから』
『う、ううう一護……っ！！』
『そういえば、日番谷くんは黒崎くんに何あげたのかな。朽木さんは知ってる？』
『…………たっぷりの』
『え？』
『……たっぷりの愛と、自邸の鍵と、こちらでの着物数点と、その他一護専用の小物類だそうです……』
『…………シロちゃんたら、それってプレゼントじゃなくて輿入れ道具みたいなものじゃない……』





“さて、本当に『あげた』のはどちら？”